夏チャリ男子

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 淡い黄色の点が、家の低い位置でともっていた。門灯だろう。物置小屋でもないかと目を配っても、暗くてよくわからない。小さな電灯に近寄ると、木とガラスでできた格子戸があった。古い家でよく見かけるタイプの玄関だ。今は真夜中。当然、戸はぴっちりと閉じられている。窓も闇を映すだけで、人の気配が感じられない。もう眠っているのだろう。 「あそこの隅にある小屋でこっそり寝てしまおう」  竹宮が指さす先には、小ぶりな屋根の影が三角を描いていた。 「でも、あれってこの家の土地の中にあるから、まずいんじゃない」 「夜明け前に出発すれば、住んでる人にはばれないと思う」 「でも、ばれちゃうとどろぼうと間違えられて、通報されるよ」 「いっそのこと泊めてもらうか?」 「やめとこうよ。家出と思われて、それも通報されちゃうよ」 「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」  その通りなんだ。もう足が動かない。どこでもいいから横になりたいのが本心だった。どうしたものかと二人でやりとりする声は用心がおろそかで、窓が明るくなった。ガタガタと扉がつっかえながら開く音もする。  僕も竹宮も背筋が思い切り伸びた。人が出てくる。逃げなきゃ。でも、そんな力は残ってない。 「誰かおるのか?」  厳しい声を追い越すように懐中電灯の光が目を刺す。まぶしくて、声の主の表情はおろか、姿かたちも見えない。ただ、声のようすからするとおばあさんのようだ。 「こんばんは」  すさまじくマヌケなあいさつをする。  今何時なんだろう。中学生が自転車で走り回る時間でないことはたしかだし、こんな山奥にいることも不自然だ。ライトは顔に当たったままで、刑事ドラマで取り調べを受ける犯人みたいなあつかいだ。どっからどう見ても不審者なのだから、これはおばあさんが正しい。 「中学生か?」  はい、と答えた。次は、なにをしていると問われるはずだ。自転車の旅のことを話せばわかってもらえるだろうか。あれこれ迷う僕よりも、竹宮のほうが早かった。 「深山に行こうと思ってて」  白い光が僕たちの間をせわしなく行ったり来たりする。 「あんたら、どこから来た?」 「太宰府です」 「だざいふ……」  少しにごった声でゆっくりとつぶやいたあと、おばあさんの気配が消えた。  どうするつもりだろう。大声で人を呼ぶのか。それとも、家に急ぎ足で戻って警察を呼ぶのか。落ち着かない時間がすぎた。  差し迫った状況なのに竹宮の腹が鳴る。あくびみたいにうつって、僕の胃まで低い音をたてた。  光がずれた。目の前がチカチカとまたたいて、まわりがよく見えない。おばあさんの容赦のない声だけがする。 「太宰府とは、天満宮か?」 「はい。菅原道真の神社があるところです」 「まさか、その自転車で来たのか?」
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