夏チャリ男子

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 懐中電灯のむきが変わって、ホイールが銀の光を反射する。 「そうです」  家出少年確定だな。ここまで来て終わってしまうとは。落胆で、膝からくずれ落ちそうだった。  おばあさんは自分の顔を照らした。斜め下から光を当てるので影が強調され、相当に怖い。警察につき出されてしまう(おび)えと合わさって、背筋がふるえた。おばあさんの目が、僕と竹宮を往復する。そのたびに射すくめられてしまう。動けない。つばを飲みこむのに、とてつもない力が必要だった。  が、次の言葉で今度は緊張の糸がゆるんで、地面に膝をつきそうになった。 「家に泊まるか? わたし一人だから、気にすることなんかない」  優しいセリフなのに勢いはきつい。もしかしたら、このおばあさんはそういうしゃべり方なのかも。小屋の隅に寝かせてほしいと頼むと、それ以上は家に上がることを勧めず、僕たちに背を見せて家の中へと帰っていった。  深い息がもれた。あごが胸につくほど頭が垂れた。 「助かったのかな」 「そんな感じだな」 「警察に知らされるかな」 「そんな感じはしなかったな」 「小屋に泊まってもいいんだよね」 「そんな感じだったな」 「そんな感じばっかりでしゃべってるね」 「もうなにがなんだかわかんないよ」 「パトカーが来ないといいね」 「おばあさんが黙っててくれると願うしかないな」 「そうだよね。ウジウジ悩んでも仕方ないし」 「たとえ警察が来ても、頼みこんでゴールだけはさせてもらおう」  重い体を引きずってたどり着いた小屋は、壁の一面がまるまるない。開きっぱなしだ。ビールのケースやポリタンク、黄色や白の大きな袋が隅に詰まれている。床はなく、硬い地面がむき出しだった。手を着くと、細やかな肌理(きめ)が手のひらから熱を奪った。 「んわあ」  隣で意味不明のうなりが聞こえた。僕も同じような声を出しているはずだ。  寝ころがって伸びをする。肩と膝がみしみしときしんだ。それでも伸ばしていると、首や背中や太もものしこりが、少しずつほどけていく。足の裏がつらないように、親指はしっかりと反らせておいた。  力みが消えると伸び切ったゴムのように体がゆるんだ。地面にとけこみそうだ。  このまま寝てしまおう。まぶたを軽く閉じるだけで意識がうすれていく。眠りこむあと一歩のところで、嫌なものを耳が拾った。足音だ。誰か来る。警察か。  あきらめと疲れで体を動かすことができない。あおむけになったまま、耳をすます。  足音は小屋に入ったあたりで止まった。すぐそこに人がいる。怖くて目を開くことができない。うるさく跳ねまわる自分の心臓でふさがれた耳が、カチャリと硬いもののふれあう音をとらえた。 「お食べ」  このひと言にとび起きた。さっきは指一本、動かすことができなかったくせに。
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