夏チャリ男子

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 とは言ったものの、僕たちは昨日の段階でとっくに体力を使い果たしていて、ペダルを踏みこもうにも力が入らなかった。下り坂だからここまで来られたようなものだ。  ふにゃふにゃよろけながらしか進めない。今までのように前と後ろにならんで走るのはやめて、隣あわせになった。話でもしないと二人とも足が止まってしまいそうだから。ただ、やたらにふらつくので、危なっかしいこととも隣あわせ。何回もグリップがぶつかりあった。油断するとひっくり返ってしまう。 「で、山内のおじいちゃんちって、どこなんだ?」 「えー、町の名前まではわかんないや。車に乗って、山の中を走って行くんだよ」 「深山は山に囲まれてるから、どうやっても山の中走るだろ」 「あとね、まわりが田んぼだらけで、川があって、えーと、他になんかあったかな」 「それって、深山のほとんどがそうだぞ。なんか目印ないのかよ」 「気にしてずっと見てるんだけど、ピンとこないんだよね。行けばわかると思うんだよ」 「深山っていっても広いだろ。行き当たりばったりで、わかるわけないだろ」 「行き当たりばったりでここまで来た人に、そんなこと言われたくないよ」 「そりゃそうだ」 「でも、あの山は見覚えがある。縁側でスイカを食べてるときに種をぶつけようとして、勢いよく飛ばして遊んだ」 「おまえでもそんな幼稚なことするんだな」 「だって、本当に幼稚園ぐらいのときの話だよ」  僕が指さす先には、神さまが造るときによそ見をしてしまったのか、少しだけ片側に寄ったすり鉢状の山がある。 「このへん、重点的に探すか?」 「もうゴールしよう。へとへとだよ」 「いいのか」 「うん。温泉に入りたい。竹宮のおじいちゃんの家って、このまま国道を行けばいいんだよね?」 「え、そうなのか。よくわかんないな」 「地図、二人で見たよね。ちょっとは覚えてよ」  早朝の太陽はすっかり昇り、入道雲は白くまぶしい。長く寝そべるなだらかな山を遠目に見ながら、二台の自転車は南へ南へと走る。どこまでも続く広大な田んぼにはさまれて、のんびりペダルを回す。  ちょっとした丘を越えて、「温泉入り口」と道沿いに立てかけられた案内看板に従い右へと曲がる。もう少しで終わりなんだ。  と息をぬいたのは早とちりで、竹宮の案内はどうも要領を得ない。  玄関にでかい木の看板がある。だとか、変わった形の電灯がいくつもぶらさがっている。だとか、道向かいに公園があってそこの砂場でよく遊んだ。だとか、その場に行ってみないことには目にすることができないものや思い出が目印だ。  あっちだ、こっちだとさんざん迷う後ろについて行き、もう自分がどっちにむいているのかもわからない。 「川をさがせ。とにかく、川がそばなんだ」
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