幻の夜に葡萄とスターフルーツ

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墨色の空に、白い月。銀の星くず。 しかし今宵の景色の中で、重要な位置を占めるのはそのどれでもない。綺麗だな、と目を引くのは、もっと下に浮かんでいる。 藤色の花あかり。 枝垂れる小粒の蕾の群れ。 宇宙の闇からポロリと首を伸ばしてる。 根も葉も茎も、何にもなしに。 ただただ、ひゅうっと虚空に垂れる、不思議な夢。 僕はふっと視線を斜め上へ上げる。 そして頭上にゆらゆら風に揺れている花びらに手を伸ばし、触れてみた。存外、柔らかい。まるで雪ひらのよう。 もちろん僕はわかっている。こんな行為に意味はない。ただ、暇つぶし。 どうしてこんなことをするのかと言えば、なんの変哲もない勉強机に腰を据え、辞書を開いて意味もなく文字を追っていくのに疲れたからだった。 ————ここは、街灯の灯りが白々と影を落とす夜の路地。 ————勉強机を置いて、ひたすら辞書の文字漁り。 僕はふっと息を吐く。 何時間も勉強していた気がする。とても疲れているし、眠いし、何より……お腹がすいた。 ハンバーガーとか、フライドポテトとか、カップラーメンとか。そういうものをどこかで買ってこようか。棚に並んでいる中で、一番安いやつ。 そんなジャンクな思考が僕の頭の中を占める。 すると……。クォオオン、と。僕の肩に乗っている生き物が非難の声を小さく上げる。 灰色のくじらのぬいぐるみだ。 数珠のような黒い艶々の目をすがめて、じっと僕を睨んでいる。 「……ごめん。」 健康志向のくじらに睨みつけられ。僕は、ジャンクフードを諦めた。 そしてくじらを撫でる。 ……お腹がすいたなあ……。 小銭で買えるもの。何かあるだろうか。そんなことをぼんやり思う。 もちろん、お腹はいっぱいにならなくてはならない。そして僕の気持ちも、幸せにならなくてはならない。 疲れて思考がとりとめのないものになってくる。複雑に絡んだ夢のように、曖昧にこんがらがってゆく。 その時。くじらが、僕のシャツを咥えてちょいちょいと引っ張った。 「……ん?」
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