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第1話 灰色の猫
小高い丘の上。
女性が杖を携えていた。
銀色の長い髪が風で揺れている。
いつも隣にいた灰色の猫はもういない。
彼女はやっと故郷に帰れるのだ。
僕は顔を無理やり笑顔にしてみた。
引きつった顔から、雫がこぼれ落ちていた。
泣いてはいけない。
そう解かってはいるのに・・。
****
僕はフィル15歳、冒険者登録して1年近くになる。
魔法も使えないし、剣もろくに使えない。
冒険者になりたくなかったけど、他に仕事が見つけられなかったのだ。
「また薬草ですか?」
グレイス町の冒険者ギルド、受付のマリアさんにも呆れられていた。
まあ、しょうがないか。
「ランク上がりませんけど・・」
そんなの分かってるよ。
僕はDランクで、このままだとずっと変わらないかもしれない。
好きで冒険者してるんじゃない。
「モンスターが怖いんだよな~」
「お子ちゃまはママの所へ帰りな」
冒険者達のヤジが飛ぶ。
僕はモンスターとか殺したくないんだ。
僕に魔法の才能があれば、もう少し仕事を選べたかもしれない。
無い物ねだりをしても仕方ないけど。
**
「やっとパンが買える」
銅貨を握りしめて、パン屋でパンを買った。
薬草をギルドに持って行って換金してもらったのだ。
生活がギリギリだな。
何とかしないと・・。
道を歩いていたら、猫が通りかかった。
きれいな灰色の猫だ。
見惚れていたら、パンを奪われてしまった。
「ちょっ、ちょっと待って・・」
僕の今日の晩御飯。
追いかけたが、直ぐに見失ってしまった。
ぐうう~
「腹減った・・」
まさか、猫に取られるとは・・。
油断していた。
今日は水を飲んで、ふて寝しようと思っていたのだが。
「「アッハハハ・・・」」
「ま、・・間抜けじゃないの・・あ~お腹痛い」
家に入ると、リナがいた。
赤い髪の彼女は僕の幼馴染で、隣に住んでいる。
リナは笑い過ぎて、涙目になっていた。
いつも勝手に家に入り、話をして帰るのが日課になっているのだ。
「久しぶりに爆笑した・・家から何か持ってくるから、待ってて」
リアは家に戻った。
何だかんだ言っても、僕の困ったときに助けてくれる。
頭が上がらないんだ。
にゃ~ん
隙間が開いていたのか、ドアを見ると先ほどの猫がいた。
「お前のせいで、夕ご飯食べられなかったんだからな」
猫に文句を言っても仕方ないけど、つい言ってしまう。
するりと家に入ってきた。
「悪かったわね。お腹空いてたのよ」
あれ?
僕のほかに人はいないはずなんだけどな。
部屋を見渡した。
「誰もいないな・・」
リナは家に戻ったみたいだし。
空耳?
「は~私だってば。目の前のわたし」
猫が言葉を喋ってる??
僕は椅子から落ちそうになった。
「お待たせ~ってあら可愛い猫!」
リナはパンをテーブルの上に置いて、猫を撫で始めた。
「どうしたの?フィル変な顔してるね」
「こいつなんだ、僕のパン持ってったの」
ゴロゴロと喉を鳴らし、いかにも猫っぽい様子なんだけど。
さっき喋ったよな?
「お前、名前は?」
僕は猫に聞いてみた。
リナは目をぱちくりさせている。
「猫が喋るわけないじゃない」
猫は黙ったままだった。
さっきは喋ったのにどうしたんだろう。
****
リナは家に帰っていった。
「ふう、やっと行ってくれたわね」
僕はまじまじと猫を見つめた。
「何で喋んなかったの・・」
「そりゃ、相手の反応が分からないからね。怖がる人もいるしね」
「僕はいいの?」
「あんたは何もしないでしょ?お陰で頼みごとが出来そうね。私の名前はレイシア元人間よ」
「人間?」
「猫が喋るわけないじゃないの」
おかしなことを言う猫だ。
人間が猫に変わったとか言うのだろうか?
レイシアとか言ったっけ。
今まさに猫が喋っているというのに。
毛並みを舐めながら、整えてる姿なんて猫以外の何者でもない。
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