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底なし沼のマシュー
「お前、この件は絶対に秘密にしておけよ」
彼は目をギラギラと輝かせて僕に言った。
「絶対国外に……マスコミにもバレないようにしろ。こんなお宝、他のトレジャーハンターや、ましてや国に持っていかれたらたまったもんじゃねえからな」
「……はあ。わかりました」
なんともわかりやすい。僕は呆れてしまった。
彼の名前はアルヴィン・コールド。この国で最も有名なトレジャーハンターの一人である。古代遺跡などを中心に、いくつもの発掘調査を成功させ、素晴らしいお宝の数々を持ち帰っている。――まあ、強欲ゆえ、その成果を国に報告したりせず、お宝は即座に売りさばいて自分の富を築いているわけだが。有名といっても、悪名の方だと言っていい。
もじゃもじゃの髭のせいでわかりづらいが、意外と年齢は若いのだと聞いている。実際、服の上からでもわかる肉体は筋肉でぱつんぱつんに張り詰めており、鍛え上げられているのがよくわかるというものだ。
彼がその悪名を轟かせ始めたのは、今から二十年くらい前のこと。当時はまだ十代だったと聞いている。その身体能力、お宝を察知する勘、方向感覚、トラップの回避能力。それらをもう少し世の為人のために使う人物であったなら、今頃貧しいこの国の救世主にもなりえただろうに。
――まあ、確かに金銀財宝は眠ってそうだけどな。
僕はその建物を見上げて思った。
深い森に、埋もれるようにして出現した謎の遺跡。高さは平屋の一戸建てくらいしかなく、その本体はすべて地下に埋もれているものと思われた。
ひらべったく、上から見ると縦横メートル程度の四角いマスがあるように見えることだろう。ただし、その壁も屋根もみんな、森の中にあるものとは不釣り合いなほど白くキラキラと輝いている。僕のチームでこっそり材質調査したところ、地上に出ている部分はすべて真珠でできていると思われた。
だが、現実の真珠を知っている者ならばわかるはずである。小さな小さな真珠をいくつ積み重ねたって一枚の板に加工できるはずがない。この遺跡を作る真珠はどれも最高級品である上、しかも地球上にはない加工技術を用いている。考古学の研究者として、これほど興味深い存在はなかった。
「……わかってると思いますけど」
僕は、アルヴィンに念を押した。
「中で見つけた財宝なんかはすべて貴方とお仲間が独り占めして構いません。交通費なんかの援助もいたします。その代わり、必ずカメラで撮影し、その内容のをリアルタイムで僕たちに転送すること。それから、売り飛ばせそうにないボロボロの骨董品やタイルなんかは僕達に御譲りくださること。材質調査に使いますから。あと、トラップなどは……」
「わーってるわーってる。ちゃんとお前さんの調査には協力するって。こっちも、外からナビゲートしてくれる人間は必要だしな。俺様が欲しいのは財宝だけだ。情報の類は全部お前さんにくれてやるぜ」
「助かります」
強欲の塊のような男。しかし、だからこそある意味で、へたな公共機関より信用できると僕は考えていた。
何故なら彼は、お宝を独り占めするため、絶対国に遺跡のことを告げ口しない。
秘密にしろと言われたが、それは僕達にとっても願ったり叶ったりだった。何故ならば。
――邪魔されてたまるか。
僕はぐっと拳を握りしめる。
――この遺跡の謎は、絶対解き明かしてみせる。この謎は、誰にも渡さんぞ……!
僕の名前は、降旗光一郎。学会を追放された若き天才学者とは、まさしく僕のことであるのだから。
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