バージンロードを歩かせない

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同棲初日に彼氏がいなくなった。 「ごめん、他に好きな人ができたから!」 荷解きをしていた緑沢怜奈に彼氏はそう言い放ち、出て行った。 急な出来事だったため、しばらく呆然としていたが、 今日はもう寝ようと、1人には大きすぎるダブルベットの中に入ったとき、現実となって悲しみが襲いかかってきた。 そんな事件から1ヶ月が経とうとしている。 浮気した元彼のことなど、記憶から消していた怜奈だったが、時折思い出してしまうことがあった。 例えばそれは、口座から家賃が引き落とされたことを確認したときだ。 一人暮らしにしては高すぎるその金額に彼女は震えた。 本来は2人で暮らす家に1人で暮らしている訳だから、家賃の負担が大きくなるのは当然のことだったが、元彼のことをなるべく忘れようとしていた怜奈は、金という現実によって思いださざるを得なくなった。 「とりあえず、会社に行かなくちゃ」 身支度を整え、靴箱の上に置かれた合鍵をなるべく見ないようにして、駅へ向かった。 会社に到着し、席につくなり怜奈は大きな溜め息をついた。 「どうしたの?」 隣に座っていた怜奈の上司である 原内真紀が話しかけてきた。 「真紀さん!すみません...家賃が高すぎて」 「そんなに良いところに住んでるの?」 「いや...元々同棲していたんですけど、彼氏が浮気して出て行ってしまって...」 「え!それは災難だったね...」 「それで2人分の家賃を払わないといけないんですよね...」 「怜奈ちゃんがもし良かったらの話なんだけど...私が住もうか?」 「え?真紀さんと私が一緒に住むってことですか?」 「そういうことだよ。」 「私としては家賃の負担が減るので嬉しい限りです!」 「オッケー、じゃあ早速今週末からそっちに行くね」 「え!?」 週末、怜奈は家で真紀がくるのを緊張しながら待っていた。 ピンポーン 玄関のベルが鳴り、ドアを開けると、そこには 大荷物を抱えた真紀が居た。 「おはよ!早速で申し訳ないんだけど、この荷物持ってくれない?」 「はい!」 2人で荷解きを行っていると、あっという間に夜になった。 「そろそろお腹が空いたし、外に食べに行こっか!一緒に暮らし始めるお祝いで飲みに行こう!」 「いいですね!行きましょう!」 居酒屋に到着した2人は乾杯を済ませ、料理を一通り堪能した後、酔いながら話し始めた。 「真紀さんって結婚とか考えていないんですか?めっちゃ美人だから、彼氏さんがいると思ってました。」 「んー、考えたことないね。というかむしろ結婚したくないな。」 「まぁ、私も今となっては結婚なんて考えられませんけどね!浮気する奴もいますし!」 「そうだね。浮気は良くないよ。」 「もう男なんていらないです!」 「私もいらないなぁ。」 「真紀さんと2人で暮らしていきます!」 「本当に?嬉しいな。」 「はい!フツツカモノ?ですが、よろしくお願いします!」 「あはは!不束者ね。まるで結婚するみたいな言い方だね。」 それから2人の同居生活が始まった。 元々、職場で仲が良かった2人の生活はトラブル無く、順調に進んでいった。 「え!真紀さん、晩ご飯作ってくれたんですか?」 「うん。今日は私の方が早く仕事が終わったし、怜奈ちゃんすごく頑張って仕事してたから疲れているだろうなと思って、ビーフシチュー作っちゃった。」 「ありがとうございます!今度私が何かご馳走作りますね!」 「ありがとう。もうすぐできるから待っててね。」 「はい!私、洗濯機を回してきます!」 「2人いると、家事が上手く回って効率がいいね。」 「結婚なんかしなくても問題なさそうですね!」 「うん!そうだね。」 しかし、同居して1年が経った頃、 「真紀さん、私そろそろこの家を出ようかと思っていて...」 「え?どうして?私と暮らすのに何か不具合があったの?」 「いや...そういう訳じゃないんですけど、実は彼氏ができて、結婚前提にその人と同棲しようかと思っているんです。」 「なるほどね...良い人見つかって良かったじゃん!」 「すみません。因みにどこで出会った人なの?」 「最近一緒に仕事した別会社の人で...」 「もしかして、最近よくうちの会社に出入りしてた広告代理店の人?確か、怜奈ちゃんがCMの件でやり取りしてたよね。」 「そうです!よくそんなに覚えていますね。」 「部下の仕事の進み具合を管理するのは上司の役目だからね。」 「流石です!」 「まぁ、怜奈ちゃんとの暮らしが終わってしまうのは悲しいけれど、新しい門出だね。おめでとう!」 こうして、怜奈と真紀の2人暮らしは幕を閉じた。 後日、会社にて ある男性社員が真紀に話しかけていた。 「原内さんって今、一人暮らししてるって聞いたけど、彼氏いないの?」 「いないけど、それがどうかしたの?」 「良かったらさ、今度僕と...」 そのまま昼休みが終わるまで男性社員は真紀に対して、デートの約束を取り付けるようと話し続けてきた。 その日、真紀が家に帰ると母と電話がかかってきた。 定期的にかかってくるのだが、最近の話題はいつも結婚の話だった。 「良い人いないの?そろそろ結婚しないと一生できないわよ。」 「結婚できない方がいいんだけど。」 「どうしてそんなこと言うの?!孫の顔を...」 そこから真紀は母から自分勝手な理由を小一時間ほど言われ続けた。 「結婚なんかしたくないんだけどなぁ。怜奈ちゃんと2人暮らししてる時は、デートに誘ってくる男もいなかったし、母親も諦めて結婚の話をしてこなかったのに。」 真紀は下を向いてため息をついた後、 何かを決心したように前を向いた。 「怜奈ちゃんと暮らすためにもう一度やらないといけないのか...」 そう呟き彼女は鞄からある男の名刺を取り出し、電話をかけ始めた。 「夜分遅くに失礼致します。〇〇株式会社の原内と申します。いつもお世話になっております。緑沢とやり取りされている弊社のCMについて最終確認したい事項があるため、急なご依頼になり申し訳ありませんが、明日の19時以降に打ち合わせの機会を設けていただくことは可能でしょうか?」 3ヶ月後 「わぁ良い匂い!」 「おかえり、怜奈ちゃん。今日はビーフシチューだよ。」 「美味しそう!ありがとうございます。また、真紀さんのビーフシチューを食べられる日が来るなんて嬉しいです!」 「まさか私も怜奈ちゃんと、また一緒に暮らせる日が来るなんて思ってなかったよ。」 「また、彼氏が浮気しましたからね!どうして、私はこんなにも男運がないのか分からないです。でも良いんです!」 「どうして?」 「真紀さんに出会えたってことは、女運はあるってことなので!」 「そう言ってもらえて嬉しい。このままずっと暮らしてくれる?」 「はい!男なんて、もうこりごりです!私、洗濯機を回してきます!」 キッチンに1人になった真紀は自分のスマホを確認した。 そこには、1件のメッセージが来ていた。 『真紀から浮気を持ちかけられたのに、いざ付き合うと、すぐに別れたのはどうして?』 広告代理店に勤める怜奈の元彼から質問が来ていた。 『今後、あなたとメッセージのやり取りをすることはありません。これ以上、私的な会話を行おうとした場合や緑沢に私と浮気したことをバラした場合は、今後あなたの勤めている会社とは取引を行わないことにしますよ。』 真紀はそう返信し、怜奈の元彼、もとい自分の元彼をブロックした。
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