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「ねぇおやびん!つよく!つよく抱きしめておくれよ!奴隷紋なんかなくたってさぁ!?アタイはおやびんにすっかりイカれちまってるのさ!」
「近付くなっ!お、オレ様に近付くんじゃあねぇ!」
「信じておくれよぉ!アタイ何でもしてみせるよよ!?全裸で服従のポーズでもしたらいいかぃ!?」
「ひっ!くるなぁ!」
迫る皇女に怯える奴隷商。
もはや身動ぎも出来ずその光景を眺めている。
「余計な事をしてくれたな」
気が付くと聖騎士が横に立っていた。私は言葉が出ず、ただ女を仰ぎ見る。
「見放された追放者が、実は救世の英雄だった。よく聞く英雄譚だ」
唐突に、何でそんな話。
「そんなのは…」
「ああ、今どき子供でも鼻で笑うお伽噺さ。だが事実、古の魔王はそうして打倒された」
複雑な表情を浮かべる聖騎士。
「ここは『追放者の街』。歴代魔王が追放者を確殺するために維持してきた霧のダンジョンだ。追放者の元に現れ、その身を取り込んで高レベルかつ下位種族の魔物で屠る。英雄を産まないための移動式結界」
そうか、そうか。
だから私は、隣街にすらたどりつけなかったのか。
「そんな追放者を騙くらかして奴隷落ちさせるおやびん。なあ、変だと思わなかったのか?」
眉間に皺を寄せる女。
「ここに取り込まれた時点で、そいつ等はほぼ『もういない』人間なんだ。私なら、奴隷契約を破棄する機会など与えないがね」
「……あ?」
「おやびんは追放者を、強く育ててから現世に送り返している」
「強くって、デス金糸雀だけで?そんな途方もない時間を…」
「違う。少しは頭を使え」
呆れたように溜息を吐く。だがそんな事を言われても、実際私はこき使われていただけで。
「……あ…」
「スキル『持たざる者』。おやびんは魔物扱いでレベル109、つまり殺せば経験値がアホ程に得られる」
「そん、な。だって私は、た、倒してない」
「僅かでもダメージを与えれば、殺した時に経験値は入るな」
ハッと息を呑む。
「……かた……もみ?」
「寝ている間に貴様は経験値を得ていた。分かるか?」
そんな。
つまり、つまり…
「貴様に経験値を与えるため、おやびんは毎晩私に殺されて、アイツに蘇生されている」
戦慄する。正気の沙汰じゃない。
自己犠牲。尊き思想であるが、ライフワークとして命を捧ぐ馬鹿などいてたまるか。
「己の善意を満たすために私達を散々に育てて、とっくに手に負えない状態なのを知ってて、その結果がアレだ」
奴隷紋がなくなった聖女に、泣いて許しを乞う奴隷商。
「どうみる?鑑定はお得意だろう」
聖騎士が私に尋ねる。
どうみるか、だと?
イカれてやがる。
「……復讐されると考えるだろう。私が彼の立場でも、隷属させなければとても安心出来ない。だが、わざわざ嫌われる必要もないだろう。事実、貴方達は彼を理解している。きちんと目的を話せば…」
「とある国に、世界最強の騎士団がいてな?」
「はなし……あえば…」
「若手が育たなくなって、今は苦労しているだろうな」
「……そんな…」
軍事力のために、まさか。
この女の職業が聖騎士ならば、その母国は神を信仰する国であるはずだ。
神の信徒が人間の尊厳を踏みにじるなど。我々には教義があるのだ、戒律があるのだ。
「限界突破の時に一度能力を失ってな。使えなくなってしまえば奴隷商なんて穢れた職業だ。散々尽くしたおやびんは、世間体を理由にあっさり追放された」
「裏切られた、のか…」
「殺されなかっただけマシだろ。そこはおやびんの人徳だな」
俄には信じられないが、だとしたら。
「なぜ……続けていられる?」
せっかく、せっかく追放されたのだ。
もう他人に経験値を与える必要など、ないじゃないか。絶対服従の奴隷を育てて、自分の幸福だけを生きればいいじゃないか。
生き返しては殺され、役に立たぬとゴミのように捨てられて。
なぜ、未だ人を救うのだ。
「誰か彼を止めないのか?」
だってあの優しき狂人は、もう絶対に他人を信用しないだろう。
「このクソッタレな世界には『痛みを知る英雄が必要』なんだとさ」
それでも、救う方を選んだ。
「でもそいつが救うのは、おやびんじゃない」
その複雑な表情、今なら少し解る。
「だから、わたしが救う」
聖騎士は、哀しい彼を愛しているのだ。
「因みに我々は共に処女だ。笑えるぞ?お嫁に行く時に困るだろう、だとよ」
親切を押し付けて、生きてきた。
とっくに壊れている、イカれた聖人。
「まだ私を救うつもりらしい。全く……どうにか堕とせないものか…」
そう言った聖騎士の瞳は、
「とっとと失せろ。私達は、初めての恋に夢中だ」
すっかり蕩けていた。
「おやびいいん!抱いてええええ!」
堪えきれず駆け出す聖騎士。
それを見送る私は、もはやそれを止められない。
どうしても、止める気にならなかった。
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