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神使《コティ》
「──生きてるぞ!」
鋭い声に、意識が呼び起こされる感覚と共に強烈な痛みを覚えて、うめき声が出た。体が思うように動かせない。というよりも、閉じ込められているようだ。まるで身じろぎができない。
「ああ、見えるぞ! ここの雪を掘れ、また雪崩が起きるかもしれないから急げ」
雪や雪崩という言葉に驚き混乱する。雪に閉じ込められているはずがない。瑠海はコロナにかかり集中治療室に入れられているはずなのだ。連日ニュースで報道されていたエクモという装置に繋がれている自分を何故か真上から見ていたまでは覚えている。
今も確かにあの頃と同じで息苦しい。けれど、ベッドに寝かされた自分を見つめていた時と違って頑張れば四肢をなんとか揺らせるし、指先は動かすことが出来た。それから、確かに雪のような冷たい何かを触っていることも確かだ。
「神使だ! 直ぐに出してやる」
男の声は妙にリアルだ。周囲が明るくなっていく様は、天に召される予兆なのか。などと思っていると両脇に温かな体温を感じ、そのまま窮屈な物から引き抜かれた。強烈な太陽光を浴びて、目を開けているのに何も見ることができない。死後の世界に行くのはもっと穏やかな雰囲気だと思っていた瑠海にはなかなか理解が追いつかなかった。
ただ体の痛みに加え、ペチペチと頬を叩かれる不快感は全然死後の世界らしくない。痛みも感覚もあるなんて、聞いてないと顔を顰めた。
「おお、反応があった。この娘を早く城へと連れ帰るぞ」
男は数人いるようだが、どれも聞いたことのない声だ。父の声でも幼馴染の雅人のでもない。全身が痛くて、窮屈な場所から出された時から刺すような寒さに体が震えて止まらない。ガタガタと体が揺れるのは体内で熱を起こそうとしているからだとインターネットで見たことがある。要するに瑠海の体はまだ生きようと藻掻いているらしかった。
「私……生きて……るの」
口がうまく回らない。だからなのか、いつも耳にしていた瑠海自身の声とは異なるような違和感があった。
「ああ、生きている。頑張れよ。絶対に死なせない」
低いが労る声だった。医師だろうか。瑠海は聞きたかった言葉を得たと思った。ずっとこの言葉を聞きたかった。死にたくないと強く願っていたのに、時折聞こえていた母の声や父の励ましは「死なないで。頑張るのよ」だった。まるで死にそうな言い草に胸が締め付けられた。死にたくはない。誰か死なないと言ってくれと願っていたが、誰一人言ってくれなかった。
「……ありがとうございます」
欲しかった言葉に安堵して、瑠海は引き込まれるように微睡みに落ちていった。ずっと感じていた死への不安から解放され、安心して眠りについたのだった。
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