0人が本棚に入れています
本棚に追加
拓郎が檻の前まで来て女を見下ろした。
「どうしてこんな事になってしまったんだ……」
そう独り言ちて涙を流した。
どうして、だって?お前が全てを狂わしたんじゃないか。
女は抗議しようとしたが、からからに渇いた喉からは言葉にならない音が漏れるだけだった。
「何故だ。どこで感染してしまったんだ……」
感染……?
女には言葉の意味が解らない。それよりもお腹が空いた。喉が渇く。
「失礼します」
男の背後から数人の白い服を着た数名の男が現れた。
「これが奥さんですね」男の一人が女をまじまじ覗き込んだ。「はい、間違いありません。感染しています」
淡々とした感情の無い口調だった。女は恐ろしくなって檻の格子を掴んだ。白い服の男達が驚いた様に後退り、言った。
「これより処分を執行します。旦那さんはこの場で奥さんの最後を見送りますか」
「はい……あ、いえ、私は、外に……」
「そうですか。では最後の挨拶を」
拓郎は一つ深呼吸してから口を開いた。
「あの日の朝、お前があの子を……。あの時は怒りで我を忘れてたけど、お前だって無意識だったんだろう?ごめんな、怒鳴ったりなんかして。ごめん……」
夫だった男が泣いている。女の耳に言葉はもう届かない。白い服の男が黒鉄の銃口をこちらに向けた。恐怖はない。旨そうな肉がある、としか思えなかった。思考能力の劣化が末期に入ったのだ。
近年この国に蔓延している通称『生屍ウイルス』は、各地で猛威を振るった。ウイルスに感染した者は思考能力が著しく低下し、自覚症状が無いまま人を喰らう。映画やゲームに登場するゾンビそのものだった。
最初のコメントを投稿しよう!