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女とは一回、寝ただけだ、しかも初対面なので二度と逢う事もないだろうと思っていた。
久しぶりに飲んで気が大きくなって、開放的な気分になっていたいなのかもしれない、軽い気持ちもあったのだろう、だから、考えもしなかった。
自分には付き合っている女性がいるというのは逃げ道を作っておく為だ。
だが、相手は、それでも構わないと言った、たまにあるでしょ、やりたいと思う時って、挑発的な言葉に正直、そそられたと言ってもいいだろう。
だから、男は軽い気持ち相手を抱いた。
後になって思い出すと悪くはなかった、それが正直な気持ちだった。
「飲みに行かないか」
「うーん、やめとくわ」
久しぶりの誘いを断るとは、まったく、恋人の自覚があるのか、少し不機嫌になった男に彼女は姿子(しなこ)がいるからと謝ってきた。
友達かと思ったら猫だという。
アパートはペット禁止ではなかったか、すると大家の許可は取っているという、友人が旅行へ行く間、預かっているらしい。
正直、生き物は、猫はあまり好きではない。
以前、付き合っていた相手が飼っていたのだ、向こうから近づくことはなかった、多分、自分の事が好きではないのだとわかった。
日がたてば少しは慣れてくれるだろうと思ったが、変わらなかった。
猫は嫌いなのと聞かれて、ただ苦手なだけだと答えた。
もしかしたら冷たい人だと言われるのではないかと思ったが、少し困った顔をしただけだ。
だが、暫く家には来ない方がいいわねと言われ、少し驚いた。
あまりにもあっさりとした口調だったので、すぐには返事ができなかったぐらいだ。
どのくらい猫を預かるのかと聞くと、一ヶ月という返事がかえってきた。
「ホテルには預けられないから」
男は返事ができなかった、そんなに猫が大事かと聞きたいのをこらえた。
女の言葉だけではない態度も素っ気なく感じるのは気のせいだと思いながらだ。
それから暫くして彼女の部屋を訪ねた。
長かったと思いながら、だが、部屋をに入ると驚いた、人が居たからだ、それも、あの夜、出会った行きずりの女だ。
すぐにはわからなかった、だが自分を見ると女はにっこりと笑いながら久しぶりと小声で呟いたのだ。
混乱したのも無理はない、すると背後から恋人がどうしたのと不思議そうに尋ねた。
久しぶりに訪れた彼女の部屋、だが、何故、この女がいるのかわからなかった。
友達よと紹介されて頷くが、正直どんな顔をすればいいのかわからない、だが、一晩の浮気がばれてはまずいと男は初めてのふりをした。
部屋に入ると大きな座椅子とクッションが目にとまった。
初めて見るものだ。
友人だと紹介された女はクッションを抱え込むように抱いたまま座椅子に座り、半分、横になるような格好で当然のように寝転がった。
まるで、ここは自分の居場所なのだといわんばかりに。
その姿が猫のようだと思ってしまった。
いくら友人の家だといっても、他人が来ているのだ。
「はい、ホットミルク」
マグカップを両手で持ち、ゆっくりと飲み始めた、自分にも何かと男は声をかける、だが、珈琲、切らしてるのと言われた。
「あー、美味しかった、なんだか睡くなってきた」
「入らないの、お風呂」
「んーっ、面倒、朝風呂は駄目かな」
なんだ、この女、泊まっていくつもりなのか、内心、むっとしながら男は席を立った。
「友達なのか、あの女」
「怒ってるの、妊婦なんだから優しくしてあげてよ」
男は驚いた、恋人、旦那さんはと聞くと恋人は首を振った。
聞くなといわんばかりの態度だ、まさか、いいや、そんな筈はない、何を考えている自分はと男は怖くなった。
あの時、避妊しただろうか、不安が押し寄せた。
「なあ、妊娠してるって、父親は俺じゃないよな」
後日、男は恋人のいない時を狙って友人、姿子と話すことができた。
「できるわけないじゃない」
姿子は何を言い出すのと驚いた声で男を見た。
そして、あなた不能でしょうとこともなげに言いながら笑った。
男は無言になった、自分が不能、何を言っている、誰からそんな事を聞いたんだ。
彼女、恋人か言ったのか、もし、そうだとしたら。
「ねえ、あたしの事、まだわからないの、思い出してみたら」
女は笑った、忘れたの姿子のこと(人だけど、遊びで猫のふりをして)。。
「おまえ、姿子(猫なのか)」
別れるときまで懐かなかった猫、当然だ、あの猫は人間だ。
変わった女だった、自分の事を猫だと言いながら、自由気まま、気楽に考えて付き合いましょうと言ったのだ。
責任を感じない、遊び、ゲームのような付き合いでいいからと。
だが、その付き合いは長くは続かなかった。
姿子が死んだからだ。
胸の中が、ざわざわとした、女は何を言おうとしている。
まさか、あれは、いや、違う、
女が猫のような仕草をして窓から身を乗り出そうとして、自分は少し、ほんの少し。。
からかうつもりだったのだ。
本気で、そんなことを考えるわけ。(ないだろう)
それは小さな記事だった、会社のビルの屋上から飛び降りた男の自殺など、この現代では珍しくない。
「姿子、御飯、食べる」
「勿論、後で髪の毛とマッサージ、お願いね」
「猫みたいよね」
その言葉に女は笑った、だって猫だものと。
猫だという自分を、あの男は、おかしいと思っていたのか、それとも決めつけていたのかわからない。
男の自分を見る目つき、エリートで会社勤め、皆から注目されていて偉い自分ということに酔っていたのだろうか。
だからあんなことができたのだ。
猫の自分に対してぶつける言葉、視線、それに我慢できなくなってきた、いや性格にいうと不満を、苛立ちを感じてしまった。
だから仕掛けたのだ、自分は落ちたと思わせる為に。
窓から身を乗り出した自分に、あの男は笑いながら危ないよと声をかけてきた。
だが、その手が何をしようとしてるのかを、だから、したのだ、ふりを。
自分は落ちて死んだのだ、そう思いこませるように。
その後、どうなろうが、知ったことではない。
だって、欲しいものは手に入れたのだ、子供。
それだけではない、愛してくれる人を。
あの男は、なんて器量の狭い人間だろう。
それに比べて彼女はすべてを受け入れてくれる。
「子供の名前は決めたの」
「二人で決めよう、だって、二人の子供なんだから」
なんて素敵な響きだろうと姿子は思った。
ご主人様と同じ事を言うのだ。
自分は彼女に拾われた、行く当てもなくて、彷徨っていたとき、出会ったのだ。
そんな自分は猫みたいと言ったのだ、彼女は。
あの男はそれを受けて入れられなかった、いや、それだけではない、気づかなかったのだろうか、現在の恋人との関係に、だとしたら滑稽だ。
いいや、もう考えるのはよそう、過ぎたことだ、終わった事だ。
もう、何も考えまい、お腹の中の子供のこと。
愛する人との生活、それだけを考えよう。
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