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第1話【私じゃダメなの?】
「お疲れ様ですっ」
休憩室のドアを開けると、ぴたりと話が止んだ。
「あっユメカさん、私もう休憩終わりなのでここ使ってくださいね♪じゃあ。」
こちらに気づいた受付スタッフの伊原さんが、椅子から腰を上げ、他のみんなに目配せしてそそくさと去っていった。
どうやら伊原さんに最近できた彼氏が、3大Bと言われるものに該当するらしく、みんなに反対されていたところらしい。
"そんな世俗的な話、お嬢様には理解できないでしょう"といったところだろう。
このユスティールホールディングスの社長令嬢兼従業員である私は、避けられることこそないものの、こういうプライベートな場では輪に入れてもらえない。
でもね、私だって思っているの。
いつか本当の恋をしたいー
ここよりもっともっと新しい世界を知りたいー
小さい頃から自分だけ特別扱いされるのが嫌で、学校やお稽古の送迎を断ってきた。
普通の女の子に生まれていたならー
そんなふうに考えたことも数えきれない。
そんな、今も昔も変わらず頭の中に居続ける思考を認識しつつ、今日の来客者名簿を確認する。
「「「おかえりなさいませ。」」」
ドアの開閉を瞬時に察知し、皆で声を揃えて来客を迎える。
社長の帰社である。
お母さんが亡き今、このジュエリー会社ユスティールホールディングスの社長はパパが務めている。
「失礼いたします。」
ドアをノックしお茶を出す。社長のお気に入りの湯呑みのカエルくんと目が合い微笑む。
ユメカはVIPのお客様の受付、そして社長秘書、たまに式典への参加やSNS更新を通しての商品アピールをも任されている。
「おう。ありがとう。そうだユメカ、今夜のパーティー宜しく頼むよ。こないだ話していた敏腕経営者の宇野辺さんだよ。」
パパが必死に探しているのは、ステキな私の旦那さん♡ではなく、会社の後継者のひとりになりうる人物だ。
もっとも次期社長と噂されているのは、副社長の鬼頭(きとう)さんだけど。
「パパ。私は自分が好きになった人と結婚したいの。..」
「こないだの人と違って、宇野辺さんはとても聡明な方だから、ユメカも気に入ってくれると思うよ。」
「そういうことじゃないの..、」
「頼むよ。これは会社だけじゃなくユメカの為でもあるんだ。」
でも..
なんで私じゃだめなの?
私も、、誰かの幸せを繋ぐジュエリーを作りたい。お母さんが残してくれたこの会社を、未来へと受け継いでいきたい。
でもユメカは口にはできなかった。
この会社を大成功させた苦労で体を悪くし、若くで亡くなってしまったお母さん。
"ユメカはお母さんに似て、集中したら周りが見えなくなるところがあるから"
"ユメカには無理をさせたくない"
パパはきっと自分を心配している。そんな優しさをわかっていたから。
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