5人が本棚に入れています
本棚に追加
第4話【私のなまえ】
ユメカは彼に取った態度を後悔していた。
大事なものを必死に取り返してくれた人にあんな言い方を、..自分でもなぜあんな言い方をしてしまったのかわからない。彼が作業服を着ていたからじゃない。
なんとなく、彼に胸をかき乱される予感がしていた。
あの公園に行ったらまた会えるかな、彼に会って謝ろうか、とも考えたけれど、
『もう会うことはないわ。!』自分の放った言葉が、自分のプライドが邪魔していた。
-------
ある日退勤すると、会社の前で作業服の彼が待っていた。
『ごめんっ』「ごめんなさいっ」
声が重なった。
『勝手にうちに入って』
「私こそ不法侵入なんて言って、助けてくれたのに..」
それだけ言うと、2人の間に沈黙が流れた。
「名前は?」
『おれ?おれはカイ。
海に生きるって字。』
「私はユメカ
夢を叶えるって書くの。」
『知ってた』
「知ってた?私を?』
『ニュースで見た。大会社のお嬢様だって。』
「あぁ..そうね」
いつものようにお嬢様だからって特別扱いされたり疎まれたり。そういうのが始まると思った。だけど彼は違った。
『正直お嬢様なんて、世間知らずで苦労知らずで、おれみたいな下級庶民は関わっちゃいけないと思ってたけど、........あの日の君の必死な姿見てたら助けなきゃって咄嗟に体が動いてたんだ。』
「..あれは、お母さんの大切な形見だから」
悲しい表情に変わるユメカを見つめるカイ。
『そうだったのか、..』
「いつか私もお母さんみたいに自分の夢を叶えるの。今はまだ難しいけれど、..それが私にくれた遺言だから」
『君の夢?』
何不自由ない暮らしのお嬢様にも、叶えられない夢があるのか。カイは気になった。
「とにかく。お屋敷に忍び込むなんて、もうあんな危険なことはしないで。」
『危険?』
「そうよ、パパ、いや特に副社長が知ったらどうなるか。あなたのことを排除しようとするかも、気をつけて」
『そんな、』冗談だと捉えたカイは軽く笑った。がユメカは笑わなかった。
「とにかくありがとう、じゃあさよなら」
『送るよ。お屋敷まで』
「あなた、私の話聞いてた?」
『またあの泥棒が来たら、それこそ"危険"だろ』
自分を心配してくれるカイに、ユメカは折れるしかなかった。というかまだもう少し彼と話していたかった。
現場作業員のカイは、パパが連れてくる博識な人たちよりよっぽど賢くて楽しかった。お屋敷に着くまで、ユメカの知らない世界の話をして楽しませてくれた。
お屋敷の門の前でカイと別れようとしていると物音がした。お庭のライトを直してくれていたらしいエミコさんがこちらへ向かってくる。
「ああーお嬢様。心配していましたのよ」
見つかったのがエミコさんで幸いだった。パパや副社長に、こういう身分の人と一緒にいるところを見られたら、何て言われるか。
ひとまずエミコさんに必死に弁解する。
「あ、あのね、、この人はカイって言って」と隣を見ると誰もいなかった。
「何のことですか?誰もいませんけれど」
ホントいつも知らない間にいなくなっている。
「もしかして恋人?!✨確かに毎回お父様が連れてくる方はお嬢様にふさわしくないと思っていたのです!」
「エミコさん..それほんと?」
彼女は自分のことを分かってくれているのだと嬉しくなり問いかけた。が、その期待は次の瞬間に崩れた。
「お相手はお医者様ですか?それとも弁護士様ですか?!」
....なぜ私はユスティールに、相原家の娘に生まれてしまったんだろう。
彼女のまっすぐすぎる瞳に、はぐらかすことはできずそれらしい嘘をついた。
「あーえーっと..そう!彼は建築関係の仕事をしてるの」
「もしかして建設会社の社長とか?!」
「あぁーそうそう!少し違うけどおよそはそんな感じ」
本当は鳶工と言われる、高所を専門にするただの作業員なんだけど。。
お屋敷の屋上から睨む視線には気づかずに、ユメカは自分の部屋へと戻った。
最初のコメントを投稿しよう!