~ 第一章 ~

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専属秘書になって数日。 まだ多少のぎこちなさは残るものの、求められていることの内容やコミュニケーションを取るタイミングが、少しずつつかめてきた。 「おはよう、宮田さん」 「おはようございます、専務。今日はあいにくの雨ですね。傘、お預かりします」 役員室の入口で専務を出迎え、傘を受け取る。 でも、傘も服も全く濡れていない・・。社用車は出していないし、タクシーかしら? 不思議そうな表情をしていたのか、専務は私の疑問に答えをくれた。 「今日は車で来たんだ。宮田さんとランチに行く店、駅から少し歩くんだよ。濡れて、風邪でも引かれたら困るからね。僕の車で行こう」 ニコッと微笑みを向けられて、どう反応していいか困ってしまう。 それは・・私が風邪を引いたら、仕事が滞るからですよね? 「あの、ご配慮ありがとうございます。ですが、専務のプライベートの車に乗せていただくわけには・・。お気持ちだけ頂戴して、タクシーを手配いたしますね」 「遠慮しなくていいんだよ」 「いえ、あの、本当にお気持ちだけで・・」 なるべく気にしないようにしているものの、やっかみというか、そういう類の会話が社内のあちこちから聞こえてくるのだ。 それなのに、お昼の目につく時間帯に専務のプライベートカーで一緒に出かけたりしたら、女性たちの刺すような視線できっと仕事にならない。 「そう・・じゃあタクシーで行こう。僕は全く気にしないんだけど、宮田さんの気持ちも考えないといけなかったね。昼が楽しみ過ぎて、気持ちが先走ったな」 そう言うと、スッとデスクに向かってタブレットでニュースをチェックし始める。 私は、たった今の会話が理解できず、その場に立ち尽くしていた。 『昼が楽しみ過ぎて、気持ちが先走った』 それは・・ランチミーティング用に手配したお店が、多彩なアラカルトメニューから選ぶ楽しみがあるから? 何気ない専務の言葉に、気持ちがざわつく。 そう、ざわつくのだ。 どことなく甘さを含んだような言葉に、上手く対処できない。 専務にとっては普通のやり取りのようなのに、私だけが慣れなくて混乱している。 そう、慣れない・・。 気づかれないようにため息をつきながら、私はデスクに戻った。
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