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①塔の魔女
平和に慣れた都会には、僕のようなものが心惹かれるような仕事もなく、しかたなく貴族や金持連中の道楽に付き合い、一応はボディーガードという名目を与えられて、見世物同然に夜毎のパーティーに引き出されたあと、ついに耐え切れなくなってその都をあとにした。
もともと、僕は、こういう華麗な世界は苦手だ。
うるさいほどの装飾と、醜い虚栄……名ばかりで実のない人間たち。そんなものに、一体何の価値があるというのか。
僕はそんなものは御免だ。同じ一度きりの生を生きるのなら、家名ではなく己の名をこそ上げてみたい。そう思うようになったのは、いつの頃だっただろうか。
かつては僕にも、守るべき家名というものがあった。一族の名に恥じぬように生きろと……その名のもとに生まれたことを誇りに思えと、そう叩きこまれた幼い日々。あんな世界は、もう沢山だ。
貴族の家に生まれたとはいえ、僕の母は下働きの下女だった。王宮付きの騎士だった父は、落馬事故であっさり他界し、母はすぐに屋敷から叩き出され、世間体のために、僕だけはしかたなく末の弟として屋敷に残ることを赦された。しかし正妻や兄たちのいじめに合い、貴族らしい生活も出来ずに、ありがたくもない家名だけを背負わされて、内実では使用人同然の暮らしをしながら、表ではさも仲の良さそうな、品の良い家族を演出して見せる……そんな偽りに満ちた世界に嫌気がさして、家を飛び出したのは一五の歳。
ただでさえ世間知らずの一五の少年が出来る仕事などあるはずもなく、途方にくれていた時に見つけたのが冒険者ギルドだった。旅の冒険者たちが、旅費や生活費を稼ぐために設けられた仕事斡旋所みたいなもので、普通の町人には手に余るような仕事依頼が、多数寄せられている。ギルドの入り口で、新着依頼の掲示板を見ていた僕は、その中のゴブリン退治の依頼に目をつけた。報酬が安いせいか誰も目をつけていないようだが、手始めにはちょうどよかった。
騎士だった父の血のおかげか、幸いにして剣の腕だけはたったので、家出する時に持ち出した金で、切れ味の良い剣と軽量の楯と胸当てを買い、勇んでギルドに入っていった。
冒険者とは名ばかりの荒くれ者も多く集うギルドである。中には僕とさほど変わらないような年齢の少年もいるにはいたが、皆それなりの鋭い目つきと気迫を持っており、僕は明らかに浮いている気がして恥ずかしかったが、心を奮い立たせてカウンターに向い、冷笑や野次を受けながら、それでも何とかその仕事を貰って来た。
最初の仕事は、意外なくらいにあっさりと片付いた。
いや、最初の仕事だけじゃない。その後次々と依頼を果し、僕はいつしかギルドに集う冒険者の中でも、名の知れた存在になっていた。
あれからもう、11年。
僕は今や勇者と呼ばれるほどに成長し、世界中何処に行っても、名が通るようにさえなっていた。
僕は自分の望みを達成したのだろうか。
身一つ、剣一本で名を挙げて、僕はもうこれで満足なのだろうか。
ふと、そう自問する時、僕はまだ何処かで満たされていない自分に気づく。
孤高の勇者カスミーロス。
そんな称号に酔えなくなったのはいつだっただろう。
今となってはそんな称号は苦痛で……僕は孤独を感じずにはいられなかった。
町を出て、辺境の野道を行く。
向かう先はもう決まっていた。
この地方に来てからというもの、どの村どの町どの都のギルドでも、必ず見かけたその依頼。聞けば、今まで何人もの冒険者がチャレンジしたものの、皆失敗に終わっているのだという。
名をあげることだけが目的だった頃なら、そんな依頼には目もくれなかっただろう。賢い冒険者は、勝ち目の無い勝負は挑まないものだ。言い換えれば、勝てる勝負さえ続けていれば、いずれは誰でも勇者という称号を得ることが出来る。
必要なのは常勝であって、難易度はその次だった。
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