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都市を離れ、辺境に向かって馬を進めるにつれて、辺りの空気は重苦しくなってくる。手入れもされていない木々が不気味に茂っているせいか、切り立った岩肌を剥き出しにした山々のせいか、それとも、吹き止まない冷たい向かい風のせいだろうか。
あるいは、閉鎖的な空間での、人の心がそうさせるのかもしれない。特に伝説の魔女がいるような村ならば、其処に住む人々の警戒心も強くなるだろう。
路傍に、村が近いことを示す、石碑。
道の先に、微かに村の入り口らしきものが見え始めた。
暗く霧の立ち込める、石ころだらけの一本道。ここを通うものは、僕のような冒険者か、ごく一部の行商人程度だろう。
見るからに魔女伝説に取り付かれたようなその陰鬱な村は、三方を深い森に囲まれていた。
北側の森は斜面に沿って少し高くなっており、その中央奥に、遠目にもかなり古い時代のものと思われる塔が、木々の間から突き出しているのが見えた。
〝ステア村〟
と、入り口の看板には書かれていた。廃れてはいるが、かつては栄えていたのだろうか……村の規模は、意外にも大きい。
「カスミーロスです。最寄のギルドから連絡がきていると思いますが、村長はどこに?」
入り口を警護していた村民の男にそう告げると、彼は表情を輝かせ、大喜びで馬上の僕の手を握って上下に振り回すと、幾度も頭を下げながら、村の奥へと走っていった。
「こっちです!」
「勇者様がきたぞ!」
男の声に、いっせいに村人が集まってくる。
こういう歓迎はもちろん嬉しいが、はじめの頃のような胸の高鳴りは、もう、どこかへ行ってしまっていた。
期待に満ちた彼らの眼差しに微笑を返して、僕は村長の家へ向かった。強欲そうなその顔は、典型的な悪徳権力者のようだったが、やはり魔女は怖いのだろう。露骨に怯えた顔をして、彼は語り始めた。
彼が言うには、あの北の森の塔には、もう300年も昔から魔女が封印されており、一応は結界が張られているものの、あまりに強大な魔力のために森一帯にモンスターをおびき寄せ、それらが村に悪影響を及ぼしているのだという。
だが、幸いにしてまだ死者は出ていない……という言葉に、僕は少なからず驚いた。
死者が出ていない?
「冒険者たちの中にもですか?」
僕は驚きを隠さずにそう尋ねた。
「ええ、そうです。重傷を負って帰ってくる者はおりましたが……」
「……」
今まで何人もの冒険者が挑み敗れてきたという魔女……それなのに、死者は一人も出ていないとは、一体どういうことだろう。単に運がよかっただけなのだろうか。
「今まであの魔女に挑んだものたちの話では、魔女はそれはもう見るも恐ろしい醜い老女で、皺枯れた声でケタケタと笑うその口は真っ赤に耳まで裂け、背後には何匹もの見たこともないような魔獣を従えていたそうです。ああ、そんなものが、いつ村まで襲ってきたらと思うと……」
あの森では何日も冒険者が道に迷って同じ所をグルグルと歩かされたり、かと思えばふらりと迷い込んだ子供が、数日経って無傷で帰ってきたり、色々とおかしなことがあるという。
その他、道を歩いていたらいきなり丸裸になっていたとか、手塩にかけて作った食事が忽然と消えたなどというわけのわからない現象が日常茶飯事だということだが、果たしてそんな悪戯じみたことまでが、その伝説の「恐ろしい魔女」の仕業なのだろうか。
一通り状況説明を聞いて、僕はそこで話を打ち切った。
「大体のことはわかりました。後は明日、村民の方々のお話を聞いて、明後日にでも森に入ってみたいと思います」
そう言って、僕はその場を後にしようとした。さっさと宿に入って休みたいと思っていたのだが、やはり、そう思惑通りにはいかないものだ。
歓迎パーティーの準備が出来ているといわれ、僕は仕方なく村長についていき、お祭りムードの村人たちに笑顔を振り撒きながら、内心、速く時間が過ぎ去ってくれることを願っていた。
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