10 初夜

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10 初夜

 たくさんの花びらを浮かべた香りの高い湯につかり、小秋に身体を磨いてもらう。真新しい薄絹を身にまとい、薄化粧をしたり髪を整えたりしていると、陛下のところから輿がやってきた。 「いってらっしゃいまし!」  笑顔で小秋に見送られる。わずかな距離を輿に乗り、陛下の寝所に着いた。輿から降りると、年配の女官が陛下のもとへ促す。宮殿と違い、豪華さはあまりなく質素で簡素な部屋だ。女官について歩くとすぐに奥の寝台が見えた。 「ここでお待ちください。もうすぐにいらっしゃるでしょう」  女官は目を合わせずにすっと立ち去った。寝具や、垂布を見渡す。やはり豪華さや華美な感じは全くない。 「派手だと落ち着かないものね」  落ち着いた雰囲気でちょっと不安が軽減したところに声がかかった。 「こういうほうが好きなのか?」 「あ、はっ、陛下!」  慌ててひれ伏そうとする私の手をすっと取り立たせる。 「よいよい。座りなさい」  頷いて座ると、陛下も隣に腰かけた。早速なのかしら、また緊張してきてしまった。 「沓を脱いで横になりなさい」  言われたとおりにする。なるべく端っこに小さくなって横たわる。 「そんなにかしこまらなくてよい」 「あ、は、はい」  そうは言われても緊張は解けない。陛下も横になり私のほうに向いてひじ枕をつき、髪に手を伸ばしてきた。そっと触れるかどうかの優しい手つきで髪をなでられる。 「そなたのところにはたくさんの本があったな。なにか面白い話はあるのか」 「面白い話、ですか……」  戦もの、妖怪もの、冒険もの、恋愛もの、いろんな種類があるので何が好みか聞いてみた。 「そうだな。庶民は何を好んでおる?」 「えーっと、西遊記ですかね」 「どのような話だ」  内容をかいつまんで話すと、陛下は興味深そうに聞き入っている。こういう身分の方は大衆娯楽の本なんかは読んだことがないのかもしれない。教養の高い本や、勉強になる本もいいけれど、小説の面白さったらない。 「そのあとはどうなる」 「ここからがすごいところでして」  内容が面白いのか、陛下の興味は収まらず、私も好きな話なのでどんどん説明というか、語っていってしまう。 「ふわぁ。あ、す、すみません!」  長い時間たったのか思わずあくびをしてしまった。 「構わぬ。夜も更けてしまったな。さあ、休むがよい」  陛下は優しく薄掛けを私の身体にかける。夜伽はもうしなくていいのだろうか。お話ですっかり時間が経ってしまった。 「すみません、あ、の、えーっと」 「よいよい。朕も休むとしよう」  優しくて柔らかい笑顔を見せて陛下はまた私の髪をなでる。なんて優しい手つきなんだろう。妙な安心感を得て私は眠りに落ちていってしまった。  帰ってきた私に小秋が「いかがでした!?」と目を輝かせて聞いてくる。 「ええ、素敵だったわね」 「ほぅー。やっぱり」  うっとりしている小秋に何もなかったとは言えなかった。朝起きたらもう陛下はすでに朝議に出られていて、私は朝げを頂いてから輿に乗せられた。話ばかりで何もしなかったってことはどうなのだろうか。  ぼんやり過ごしていると、陛下からの御達しが届く。また今夜も寝所に参れとのことだった。 「翠玉さま! すごいです! 二日連続ですよ!!! 陛下はとても翠玉さまをお気に召したのですね!」 「えーっと、そうかしら」  昨夜何もなかったので、今夜こそということだろうか。初日に少し肩透かしを食らったおかげで、今日はあまり緊張しない。昨日と同じ支度をして出かけるだけだと言い聞かせた。  結局三夜連続で寝所に伺ったが、話をして終ってしまった。しかし私が連続で呼ばれたことは後宮中に知れ渡る。陛下は妃たちへの寵愛を偏らせないためか、連続して呼ぶことはないそうだ。ただ第一寵姫の曹貴人だけは二夜連続というか、部屋に返されないで二日連続一緒に過ごしたことがあるらしい。  こうして大人しくしているにもかかわらず、目立ってしまった。更に気まずいことに、明日は皇后さまのところで妃たちの親睦を深めようという会が催されるそうだ。どんな風に思われるのか怖いし、陛下には小説の内容をお話しただけですとも言えるわけがない。まったく気が重い。
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