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11 花摘みの会
皇后さまの庭で、妃たちは好きな花を摘んでよいと言われ、皆それぞれに花を摘み始める。皇后さまは花が大好きで、全国からいろんな花を取り寄せ、庭に植えている。ときどきこうして妃を呼んで花を摘ませるのは、花が多すぎるからだとも言われている。
下っ端の私はまず皇后さまにご挨拶をする。優し気で儚い美しさを持つ皇后さまは「張采女ね。陛下をよろしくね」とふわっと笑んで言葉をくださった。どう答えたらよいか分からず、深く頭を下げるばかりだった。他の新しく入った妃たちも、以前からいる妃たちに挨拶をしにいっている。えーっと今、お一人でいらっしゃるのは、ぐるっと見渡すと第一寵姫の曹貴人と目が合った。きついまなざしを感じるが目をそらすこともできず、蛇に睨まれたカエルのようにじっとする。挨拶をしなければと思うのに、足が固まって動かない。じっと見ている曹貴人が先に動き、私の目の前にやってきた。
「張采女じゃな」
「は、はぃ」
目の前の曹貴人は背が高く、私の頭ひとつ分高い。陛下と並ばれるのではなかろうか。女人にしてはかなり大柄だ。大きなきつい目でじろじろ私を見る。背が高いので頭から下まで見られぱなしのようだ。
「あ、あの曹貴人は、女官試験の時、路地裏にいらっしゃいましたよねえ」
勇気を出して疑問を口にする。
「ふふふ」
曹貴人はまた一歩私に近づいて目を覗き込む。濃いまつげで縁取られた黒い瞳は黒曜石のように輝いていて、吸い込まれそうだ。怖いくらいに美しい。目を離せないでいると、曹貴人はそっと私の手を取り「こちらへおいで」と引いていく。
皆から少し離れ、背の高い花々におおわれた場所で、曹貴人は言葉を発する。
「よくあたくしだと分かったのねえ」
「それは、もう……」
こんな美貌の持ち主を忘れることは出来ないだろう。
「ほかの者には気づかれておらぬのに」
「え? 他の?」
「ふふふ」
嫣然と微笑みながら「あれも試験のうちじゃった」と私の手をなでながら続けて話す。彼女の手は背と同じで大きくしっかりしている。女人にしては骨ばった大きく浅黒い手で撫でられると、少し変な気分になる。手を放してほしいが言えずにいた。
「あの路地裏であたくしに気づきいたものだけがここに残っておる」
どうやら、物陰にも気を配れないといけなかったようだ。
「王宮人はあたくしに薬を渡してきたし、ほかの采女を声を掛けてきたりした」
「そうですか」
「そなただけは、あたくしに触れてきたな。ふふふっ」
「え、あ、す、すみませんでした!」
「よいよい。なかなかの良いここちだった」
まさか皇帝の寵姫が道端にいるなんて思わなかった。あの時の漆黒の艶やかな髪を触り心地を思い出す。ぼんやりしていると、グイっと手を引かれ、顔を近づけてきた。
「まだであろう。陛下とは」
どうしてわかるのだろう。他の女人はそう思ってはいないはずで、視線が痛い。陛下のもとに呼ばれるだけで伽が終っていないのを知っているので、曹貴人だけはいつもと変わりないのだろう。と言ってもいつもきつそうで怖い女人だが。
「それは、その……」
答えていいものか分からないので、もごもごする。曹貴人は第一寵姫だから陛下が私とは書物の話だけだと、お話になっているのかもしれない。
「もったいないこと」
「?」
「まあ心配しなくても良い。もう、間もなくだからな」
「は、はあ……」
「ほら、そこの花を摘んで帰るがよい」
目の前に派手な牡丹がある。緋色で花弁が多くまるで曹貴人のようだ。摘みにくいな……。花に気遅れしていると曹貴人が、ポキポキと何本か手折り私に渡してくれた。
「これでそなたの部屋も多少香り高くなることだろうよ。ふふふ」
そう言って立ち去っていった。
「き、緊張した……」
怖い思いはしなかったが、汗をかいた。とりあえずこの様子だと曹貴人に嫌われてはいないだろう。日が陰ってきて終了の知らせがあり、また皇后さまの前に集合する。みんな手に一杯の花を持っている。それでもまだまだ庭には花があるようだ。皇后さまの斜め後ろにいる曹貴人だけは手ぶらだった。結局、曹貴人以外と話すことはできなかった。他の女人たちは交流がなされていたようで、なんとなく親しげな様子がある。
なんとなく私のほうを見て、悪く言っているような気がする。陛下のところに三日通って、ほかの妃と交流していないのはきっと良くないだろう。調子に乗っているとか思われるかもしれない。この花摘みの会は頻繁にあるようなので、次回は頑張って積極的に他の妃たちに話しかけないといけないだろう。
後宮に入って平穏無事に誰にも何も思われずにいられることは、やはり難しいことなのかもしれない。
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