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14 懐妊
数ケ月もすると、自分の体調に異変を覚え医師を呼ぶ。
「おめでとうございます」
私もとうとう懐妊したのだった。王宮人をはじめ、新しく後宮入りした妃たちが懐妊し始め、私ともう一人の采女を残すところとなっていた。
「とうとう、私も……」
不思議な気持ちだった。母になった実感はまだわかないし、嬉しいとか達成したなどの気持ちは湧かなかった。
「王宮人は自信に満ちていたなあ」
子を成した女人はとても力強く頼もしく見えた。
「となると、しばらく寝所に向かうことはないのかしら」
懐妊してすぐは安静にしなければならないと医師に言われた。しかし身体を動かさないことも良くないらしく、散歩は日課にしなさいと言われる。華佗の体操はするとよいらしい。
侍女の小秋はますます甲斐甲斐しくなって、私の周りをうろうろするようになり、子芹も庭をせわしなく整えている。
「いつもと一緒でいいのに」
「だめです! 小ぎれいにしていれば、とても綺麗なお子さまが生まれるということですよ!」
「そうなの?」
信心というか、迷信深い小秋のいうことを大人しく聞き、好きなようにさせた。私はちょっと体操と散歩をして読書三昧のうれしい日常になっている。
「軽く散歩してくるわね」
「あ、いっしょに参ります!」
「いいのいいの。すぐ帰るから」
部屋にいると世話ばかり焼こうとするので、一人になりたく外にでる。東屋で本でも読もうと、近道をすべく池の横を通る。
「きゃっ!」
茂みから何かの力がかかり、私はよろける。あわや池に落ちるかもと思った瞬間に「何をしておる!」と大きな腕に包み込まれた。目の前が池の水面だったのを、抱き起され、今度は目の前に曹貴人がいた。
「あ、あ、あのその、転んで?」
「転ぶ?」
誰かに押されたような感じだったが、そんなことを口に出すのも後々面倒なことになってはいけないと私はごまかした。
「こんな何もないところで転ぶのか」
強いまなざしが一層怖くなって私の目に刺さる。
「孕んでいるのであろう。気をつけよ!」
「は、はい。すみません」
「まったく!」
どうしてこんなに怒るのだろう。陛下のお子がいることを曹貴人は嫌な気持ちにならないのだろうか。陛下のことをとても愛しているから、私ではなく腹の中の陛下のお子を心配して怒ったのだろうか。
私はとにかくペコペコ謝ってその場を何とかやり過ごそうとした。
「もう帰るがよい」
「はい……」
東屋で読書などできる雰囲気ではなかった。池に落ちなくて済んだが、曹貴人に会うのは気まずいと思いながら、元来た道を戻ることにした。頭を下げると、曹貴人もふんっと鼻息を荒くして、去っていった。
「はあー。疲れちゃった。帰ろう……」
踵を返すと茂みがガサガサなった。私はすばやく茂みを両手で開く。
「あ……」
しゃがんだ女人がいる。確か同じく後宮入りした揚采女だ。
「どうしてここに?」
揚采女は膝を抱えて小さくなって震えている。彼女は詩歌に優れていて、書も素晴らしいと評判の采女だ。試験の時に、医師について教えてくれた女人だ。
「わ、わたしだけ……、子が出来なくて……。ごめんなさい、辛くて思わず……」
彼女は次々懐妊していく妃たちの中で、全く徴候がないようだった。気の毒だと思うが、それで人を押したり転ばせたりして流産を招くことはとてもいけないことだと思う。
「まさかあなたのような賢明な方がこんなことをするなんて」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
本当に後悔しているようで、涙を流しながら震えている。無事だったしいいかと思い「さあもう立って」と彼女の手を取る。
「懐妊することは時期もあるし、まだ後宮入りして一年も経ってないのだから慌てなくても……」
「ええ、ええ。わかってはいるのだけれど」
確かにみんな懐妊して一人だけしてないと焦るだろう。
「華佗の体操を知ってる?」
「あ、ええ。内容はわからないけど」
「その体操をすると気のめぐりが良くなるし、懐妊もしやすくなるようよ」
「そうなの?」
「明日にでも教えにいくから、もうやけを起こさないで」
「え、ええ。ごめんなさい」
「侍女が心配するからもう帰るわ」
明日の約束をして私たちは別れた。
明け方、やけに外が騒がしくどうしたのかと外に出る。他のところの侍女が、小秋になにか慌てた様子で話しかけていた。
「小秋。どうかしたの?」
「あ、おはようございます」
私をみかけて小秋は「じゃあね」と他の侍女に手を振る。侍女は私に腰を落として挨拶し、素早く帰っていった。
「大変ですよ! 翠玉様!」
「朝からなあに?」
いきなり声を潜めて耳打ちする。
「揚采女が毒を飲んで亡くなられたらしいです……」
びっくりして声も出なかった。今日、華佗の体操を一緒にやろうと約束したのに。めまいがしてよろけるところを小秋が支えてくれた。
「驚きますよね。翠玉様のお加減が悪くなるといけませんから、寝台に参りましょう」
かなり驚いたし、混乱する。懐妊しているためか、思考もあまり働かない。これは少し休むしかないようだった。
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