15 出産

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15 出産

 揚采女の件とは関係なく、早い段階で流産してしまった。医師はまだまだこれから大丈夫だから心配しないで養生する様にと言って帰った。  眠っていた私の手を、陛下は優しく握ってなでる。 「あ、陛下」 「そのままでよい」  慌てて起きようとした私を寝かしつけ、頭をなでてくれた。 「残念であったな……」 「ええ、少し……」  胎動も感じられず、腹もほとんど出ていなかったので、子を失ったという実感はわかず、悲しいとまでは思わなかった。それでも陛下が悲しそうな顔をなさるので、辛い気持ちになった。陛下こそ、何人も子を亡くしているのだ。今、生きている子たちも身弱で成人するかどうかわからないと言われている。 「あの、医師も大丈夫だと。なのでまた頑張ります」 「そうか……」  憂い顔とため息をつかれる陛下に私はますます切なくなってしまう。早く元気になって、優しくて明るい陛下の表情がみたい。健康回復に努めようと決意した。  そんな決意とは裏腹に、私は三度目の流産を経験する。やはり初期段階なので月のものが来たかのように、ひどく痛むこともなく、身体にも被害があるわけでもなかった。その都度、陛下が沈痛な表情をなさるのが辛かった。  そんな中、王宮人が出産した。とても元気なお子だった。残念なのは女の子であることだ。それでも今まで一番大きな産声を上げ、元気で力強いお子の誕生は宮殿を明るくした。  王宮人の体調などが落ち着いた後、私は出産祝いに出かけた。王宮人の住まいらしく、華やかで豪華な調度品に思わず目を奪われる。祝いの品を持たせた小秋も、ちらちら盗み見している。本しかない私の部屋とは別格だった。 「ごきげんよう。もう体調も安定されたと聞きました」 「ありがとう。調子はいいわよ。産んだ後のほうが元気な気がするわ」  産後の王宮人の肌は輝いている。産前よりも化粧と髪飾りは控えめになっているが、美しさと自信に磨きがかかっているようだ。 「あなたは残念ね」 「まあ、こればかりは。天に任せるしかないでしょう」 「あまり悲観的ではないのはよかったわ。まだ若いのだし、これから機会は多いでしょ」 「ええ」  機会と聞いて、懐妊よりも陛下との交わりのことを思ってしまった。流産しても身体の回復はとても早いようなので、医師はすぐに夜伽を行っても良いという。陛下は無理をしないようにと言ってくれるが、医師が良いと言えば私を寝所に呼んだ。その度に、私は全身が溶けてしまうような快感を味わってきた。子どもを作るためだと思っていた行為だが、大きすぎる快楽に溺れてしまいそうになる。  王宮人はあの快楽の中でも、こんなに堂々としているのだろうか。 「なにか?」 「あ、いえ」  思わず王宮人のきゅっと結ばれた口元や少し開いた胸元を見てしまっていた。 「また医師から良しと言われたら、陛下のお相手ね。今度は男の子を産まなくちゃ」 「きっとあなたなら出来るわよ」 「あら、あなたこそ。でもここだけの話、あまり夜伽は好きじゃないのよね」 「え?」 「じっとして終るのを待つだけじゃない。それより早く眠りたいわ」 「そう……」 「あなたはそうじゃないの?」 「あまりはっきり意識なくて……」 「ああ、そうよね。半分寝ているのよ。しばらくあなたが夜伽をしているようだから、こちらも休めていいわ」  赤ちゃんが起きて泣いたので、私は小秋と王宮人の住まいから立ち去った。   小秋はふうっとため息をつきながら私の後をついて歩く。 「疲れたの?」 「いえ、すみません」  王宮人の庭は香りの高い花で埋め尽くされていて、歩くたびに甘い香りが漂う。女人らしい華やかさと美しさを持つ彼女を表現している。また仕える侍女も明るく溌溂としていた。  ぱっとしない私に仕えている小秋は肩身が狭いのだろうか。いつもおしゃべりな小秋は黙って歩いている。 「ちょっと東屋で休憩していくから先に帰ってて」 「そうですか? お早めに帰ってくださいね」  小秋はペコっと頭を下げて先に帰っていった。 「やれやれ……」  東屋でぼんやり遠くを眺めていると、ドカッと隣に誰か座る。見なくても分かる。曹貴人だ。 「もう外に出ても良いのか」 「ええ。なにも問題はありません」 「残念じゃったな」 「あ、ああ。ええ、まあ」  曹貴人にまで気遣われるとなんて想像もしていなかった。自分ではそう思っていなくても、周囲がそう思うということは、私がおかしいのだろうか。もっと悲しまなくてはいけないのだろうか。 「なんじゃ。あまり辛くはないようじゃな」 「え、あ、医師にもこれからまだまだ機会があると言われてますし」 「ふーん。まあ多くの機会があるな」  そういう曹貴人の目がキラッと光って唇の端が上がったように見えた。 「陛下にお辛い思いをさせたことが残念です」 「そうか……」  陛下のことを持ちだすと、曹貴人の表情が曇った。やはり陛下を愛しているのだろう。私がお慕いするよりもずっと。そういえば曹貴人は一度も懐妊したことがないらしい。それでも陛下の第一寵姫なのだ。曹貴人も子を持てないことが辛いのだろうか。 「なんじゃ?」  さっき王宮人のことを見てしまったように、また曹貴人を見てしまった。 「いえ、な、なにも」  そして夜伽のことを思い出す。曹貴人は陛下との夜伽をどう思っているのだろうか。 「あたくしに子がおらぬことが気になるか?」 「いえ、そのような……」 「あたくしは孕まぬようでな。おかげで陛下との楽しみが多いわけじゃ。くっくくっく」  淫靡な表情で笑う曹貴人はぞくっとするような色気を醸し出す。思わずごくっと喉を鳴らしてしまった。 「そなたも楽しむ時間が増えて結構なことだろう?」 「そ、そんな!」  まるで私の快楽を見抜かれたようで恥ずかしくなった。 「し、失礼します!」  後ろから「待て」と言われたが、振り返らずに急ぎ部屋へと戻った。
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