2 父の旧友

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2 父の旧友

 都の実際の大きさを十分に堪能し、そろそろ職を求めようと考える。故郷の町より、仕事が多いはずだが私に何ができるだろう。とりあえず書店を探してみる。野菜を売っているおばあさんに『田書店』はどこか尋ねる。 「もう、目の前じゃよ」  振り返ると本当にすぐにあった。 「戸が閉まっているからわからなかったなあ」  うちの書店は外にも本を並べていたのですぐ書店とわかったと思う。都だと本を外に出していたら盗まれるのかもしれない。扉も大きいが中も広い。ぎっしりと本が並べられている。 「うわー」  これぞまさに圧巻。ざっと見渡すといろんな種類の本がある。さすが都で一番の書店だ。店番をしている若い男に声を掛ける。 「あの、店主の田文忠さまはいらっしゃいますか? わたしは北の町から来ました、張翠玉と申します」 「少々お待ちください」  店番の男は私を下から上まで一瞥して奥に入っていった。都の書店ともなると、店番といえどもしっかりして賢そうだ。真新しい本をめくる間もなく、田文忠さんがやってきた。赤ら顔で恰幅が良い気の良さそうなおじさんだ。 「やあやあ。よく来てくれたねえ。張の娘さんか。目元が似ておるのう」 「初めまして。翠玉と申します」  深々と頭を下げる私に「そんなにかしこまらなくてもいい。さあ、奥でお茶でも飲もう」とますます気の良さそうな顔を見せた。奥に入ると、またぎっしりと本が詰まっている。その隣を抜けて、庭に出るとこじんまりしているが空が高く見え、開放感がある。さっきの書店とこの庭が同じ敷地内にあるなんて不思議だ。東屋の椅子に腰かけると、さっきの若い男がお茶を運んできてくれた。小さな白い器からこぼれる香りは、とてもかぐわしい。飲んだことはないが、この香りと色は本に書いてる通りならこれは紅茶だ。もう一度香りをかいでみる。あまくコクのある香りがする。 「どうかね。味のほうは」 「美味しいです! あの、紅茶というものですか?」 「よくわかったねえ。雲南のほうのものだよ。初めて飲むのかい?」 「ええ!」  紅茶とはこんな味なんだ。甘くて香ばしくて花のようで。そう書かれてあったので想像はしていたが、実際の味わいは思った以上だった。うっとりしていると「さてさて」と田さんが茶器を机に置いた。 「翠玉がここに来たということは、父上は、周孝は死んだのか……」  黙って頷く私に田殿は言葉を続ける。 「これからどうしたいとかあるのかね? もちろん、援助もできるよ」 「え、援助はしていただかなくて大丈夫です。父にも一人でやっていけると言われてますし。ただ女子のつける職が私の町ではなくて。書店を営むにもいろいろ不十分で」  そのまま店を継げるほど流行ってはいなかったし、父の若いころの貯蓄を切り崩してやってきていたのだ。 「仕事がしたいのか。それならちょうどいい時期に来た。今、国が女官を募集しているのだ。明後日、試験がある」 「国の女官ですか」 「うむ。なんでも有能な女官が欲しいとのことで、女人版の科挙(官僚試験)といったところだろうか」 「へえ。科挙は男だけですからねえ。難しいのかしら」 「どうだろう。初めてじゃないかな。こんな試験は。どうだい、受けてみないかね。科挙対策の書物ならみせのものを読んでごらん」 「試験ですかあ。試験料はいくらでしょうね」 「ああ、そんなことは心配いらない。無料なのだよ。ただし、身元の確かなものの推薦状が必要なのだ」 「推薦状ですか」 「それも心配いらない。わしが書いてあげよう。せっかく来たんだ。試験でも受けてそこから考えてもいいだろう」 「そうですね。記念受験みたいな感じでやってみようかな」 「うんうん。しばらく、うちで泊まればいい。あとでうちの若い者に案内させよう」  何から何かまで親切に田さんは面倒を見てくれた。失うものは何もないし、とりあえず明後日の試験を受けてみようと思う。その晩、田さんの奥さんにも紹介され、読んだことはあったが、見たことのない料理を食べた。町からここまで来るのに、節約してきたので胃が小さくなっていたのだろう、あまり食べられなかった。それでも新鮮な経験は心が元気になる。田さんが私が好んで食べるものを見て、父上にそっくりだねと目を細めた。奥さんもほんとほんとと同意していた。夫婦そろって父とはどういう関係だったのだろう。父の過去ことを、私はあまり知らない。母のことも。なんとなく聞きそびれていた。お腹がいっぱいになって眠くなったので、また機会を見て聞いてみよう。眠そうな私に、やはり気の良さそうな奥さんが寝台へと案内してくれた。
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