6 父の過去

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6 父の過去

 田夫婦に試験の内容が対策していたものと違ったことを伝えた。 「てっきり科挙に準ずるものかと思ったのですが……」  女人のたしなみや、健康に関すること、道徳的なことなどに加え、男女の和合についての問題が出たと伝え、食事のことも話した。 「うーむ。どうやら噂は本当かもしれんなあ」  思案している田さんに、美しく着飾った女人が多かったことを伝え、あらためて夫人が新しい着物を用意してくれていたお蔭で、恥ずかしくなかったと感謝した。 「やはり女官募集というのは表向きか」 「どういうことですか?」 「実はな――」  現在の皇后は国一番の美貌と言われ、皇帝陛下の外戚でもある。早々にお子もできたが、病弱で夭折する。多産なのが救いで何人かのお子が生まれたが、病弱か、精神遅滞の者ばかりであった。初代皇帝から外戚婚、近親婚が多いためであろうか。心身ともに健康な王や公主は非常に少なく、今の皇帝陛下も頭脳は明晰だが身体は弱いらしい。  そこで世継ぎのために、健康に優れた才女を求めているとのことだ。血縁関係もなく外部の血を入れ、皇帝の血脈に新しい強さを加える予定らしい。 「おそらく公募で女官を募り、その中で世継ぎのためになりそうなものを妃として迎え入れるつもりじゃろう」 「妃……」  皇帝陛下に輿入れしたいとはまったく思っていなかったので寝耳に水だ。 「まあまあ、まだはっきりそう決まったわけじゃないからあまり考え込まんようにな。ところで試験のできはどうだったかね?」  私はほとんどできたと答えると「さすが周孝の娘だ」と田さんは目を細めた。 「ありがとうございます。父はたくさんの書物を読んでいて色々よく教えてくれましたから」 「もちろんそうだろう。わしはダメだったが周孝は図書館勤めじゃったからなあ」 「え? 図書館? 書店ではなくて?」 「おや、知らなかったのかい? もしかして翠玉の生まれた町に行くまでの経緯を聞いてないのかな?」 「え、ええ。あの、母も病気で死んでずっと書店だと思ってて……」  田さんは少し押し黙って考え込んでいるようだ。田夫人がそっと田さんの肩に手を乗せる。 「あなた。ここに来たということは周孝さんも話してほしいということなのではないかしら」 「そうさなあ。都によこしたということは、翠玉が知りたければ知る権利があるやもしれん」  もちろん、私は父のことを知りたい。忙しく、優しく、なんでもよく知っていて、そして少し寂し気な父のことを何も知らないのだ。父の過去が自分の生活に大きな影響もなかったので、聞こうと思ったことがなかった。 「周孝とはな、いっしょに科挙を目指して学校に通っていた仲じゃった。周孝は努力家で科挙に合格したが、わしはこの書店もあるし、そんなに頑張らなかったのでな、この通りだ」  そう言って笑うが、こんな立派な書店を経営しているのだから、田さんは田さんですごいと思う。 「で、国立図書館に勤めで、ずっと安泰かと思っていたら、ある日、赤ん坊を抱えてきてな。地方で本屋をやると言い出した」 「赤ん坊……」  それはきっと私だろう。 「母親のことは、そなたを産んでしばらくして亡くなったとだけ聞いた。もしかしたら相手が身分のある女人だったのかもしれん。母親のことは聞かないでほしいと言われたのでな」  一体、何があったのだろう。田さんも深く追及して聞くことはしなかったようだ。図書館勤めだったおかげで、経済的には豊かだったようだ。都にいても派手な生活をおくることのなかった父は、貯蓄で田さんから書物を仕入れ、本屋を開いた。 「もし、どんな形であれ陛下にお仕えすることになるなら、周孝のことも何か知るかもしれんな」  父は私に都で色々なことを知って経験して欲しいと望んだが、後宮入りすることは望んではいなかっただろう。 「父は幸せだったのでしょうか」  素朴な疑問だった。父一人子一人で、ずっと静かに暮らしてきた。 「幸せだったと思うよ。時々もらう手紙には、翠玉の成長もよく書かれていたし、毎日が穏やかだと書いてあったよ」  図書館勤めの間に、穏やかではないことがあったのだろうか。自分からもめ事に向かう性格ではないだろうし、何かに巻き込まれたのだろうか。権力争いものを読んでいると人々の争いが熾烈すぎて、怖くなったものだ。後宮ものはもっとぞっとする。本当に妃たちはこんな恐ろしい争いごとをやるものだろうか。蹴落とすことは当たり前で、殺すことだってある。さすがに、こんな経験はしたいと思わない。本で読むだけで十分だ。しかし、父のことを知りたいとも思う。とりあえず、あれだけの人数のいた試験だったし、よくできたとはいえ合格するかは分からない。今のところ杞憂ということだ。
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