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7 陛下との対面
一週間がすぎた早朝、書店の前にぞろぞろと何人かの役人と輿に乗った役人がやってきた。田夫妻と私は慌てて外に出て、ひれ伏す。
「おほん。張翠玉に告ぐ。試験に合格したので三日後の正午に宮廷に参るように。最終試験を行う」
試験官だった背の高い男だった。田さんが読み上げられた詔を受け取る。
「面を上げなさい」
そう言われて私はそっと顔をあげ役人を見上げた。
「ふむふむ。良い成績を収めた女子じゃったな。最終試験といっても心配することはないからな。緊張せずともよい。とにかく体調管理に勤めよ」
「承知しました」
ほんの一刻の出来事だったが、田夫婦と私は今までで一番緊張した時間だった。輿が去って行ってから私たちは大きく息を吐きだした。
「ふうっ。どうやら翠玉は宮廷に行くことになりそうだな」
「なんだか怖くなってきたのですが……」
正直、嬉しいとは思わなかった。良い成績だと言われたことは嬉しかったが、宮廷に行って私は何をするのだろう。何をさせられるのだろう。
「そんな暗い顔をしないで。あなたにとって良い機会かもしれないわ」
田夫人が優しい声で私の手を取る。確かにとんでもない倍率を潜り抜けているのだろうことはわかる。あれだけいた女人の中で残っていることは、良い機会であり、運にも恵まれているのだろう。
「まあ何事も経験してみることかな。縁があるのだろう。宮廷と。父親譲りかな。わはは」
「そうですね。あまりにも大きな出来事なのでびっくりしちゃって」
「さあさあ、中に入ってお茶でも飲みましょう」
人気もない早朝だったので気が付くと少し肌寒かった。白む空を見ながら体調に気をつけねばと、書店へ戻ることにした。
あっという間に三日経ち、田夫人がまた新しく用意してくれた今度は水色の衣装とかんざしを身に付けさせてくれた。
「おばさま、前にくださった衣装で十分です」
「ううん。今日はきっと陛下にお目にかかるはずよ。新調しておかなければ」
「でも……」
「遠慮しないで。衣装を選ぶのがとても楽しかったわ。本当は一緒に生地から選びたかったけど」
「いいえいいえ。どんなものを選んだらいいか私にはちょっとわかりませんし」
見れば素敵だとわかるが、こんな綺麗な着物は着たことがなく必要もなかったので、衣装に頓着はなかった。それでもふわっと軽やかで明るい色の、流行りの形の衣装を着ると気分は高揚して楽しくなってくる。女人の衣装に対する特別な気持ちがわかってきた。すこし紅をさすと、また自分が大人びた気がするのが不思議だった。
田夫婦に見送られて、また宮殿へと向かう。歩く私の隣を輿が追い越していった。
「あなた歩き?」
見上げると試験会場にいた華やかな女人だった。明るい桃色の衣装に、銀細工のかんざしが一層彼女を輝かせているように見える。
「ええ、近いので」
「そう。お先に」
輿に乗っているということは、家の身分も高いだろう。あんなに美しくて身分もありそうなのにわざわざ試験を受けるなんて不思議だ。彼女と同じ試験を受けるなんて、場違いな感じがしてきてしまう。思わず回れ右しそうになるが、喜んでくれている田夫婦のことを思うと、やはり試験を受けようと重い足取りで進むことにした。
宮廷の前では、屈強そうな門番と役人が何人か立っている。名前を告げるとすぐに通される。こんなに簡単に通されて保安的には大丈夫だろうかと心配したが、門の中に入るとずらっと兵士が左右に立っていた。平安な世の中とはいえ、やはり護衛はきちんとされているようだ。この兵士の間を、ほかの女人も通っていったのだろうか。かなり緊張する。
左右を気にしないで石畳を見ながら歩いていると「止まりなさい」と声がかかる。顔をあげると周囲に女人が何人かいる。役人に「そなたはこちらに立ちなさい」と指示され従う。ちらっと横を眺めると、さっき輿に乗った女人と、試験会場にいた小柄な女人、そしてもう数人の女人が並んでいた。
そこでまた銅鑼が鳴らされる。
「陛下のおなーりー」
一同皆一斉にひれ伏す。私も慌ててひれ伏した。
「皆の者、立ちなさい」
優しい耳障りの良い声が聞こえる。うつむいたまま立ち上がりまた声がかかってから顔をあげる。少し離れた壇上の立派な椅子に、黄色に金糸銀糸の刺繍がなされた豪華な衣装に身を包む皇帝陛下が座っている。
顔をあげた女人たちはみんな「ほうっ」とため息のような吐息を吐く。初めてお目にかかる陛下は、優美で繊細で、男なのに天女のような美しさを持っている。見とれていると、二人の女人が続いて陛下の左右に座る。黄色の豪華な衣装の女人は皇后陛下だろう。皇后陛下もたおやかで柔らかい美しさだ。もう一人は真紅の衣装に身を包み、まるで炎のように見えた。
「あれ? どこかで……」
その炎ような女人には見覚えがあった。彼女は私に気付いたのか、すっと視線を投げ掛けてきた。思い出した。最初に試験の時に、道で頭痛を起こしていた女人だ。皇后陛下とともにいるということは、第一寵姫だ。
「どうしてあんな所にいたんだろう」
皇帝陛下よりも、その寵姫が気になって思わず見つめ続けてしまっていた。
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