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8 後宮入り
一度、田家に帰り、改めて支度をしたのち宮廷入りすることになった。支度といっても何も持っていない。優しい田夫婦と別れを惜しむばかりだった。
「やはり女官ではなく、後宮に入るのだろうな」
私が、試験会場から最終試験まで同じくらいの女人しかいなかったことを告げると、噂は本当だったと思ったようだ。確かに女官なら、既婚者でも、もっと年配の女性でもいいわけだ。科挙など何十年と受ける男もいるのだから。
「陛下はどうだったの? 確かお年は10近く上のはず。翠玉が嫌なら、今なんとか断れるのじゃないかしら」
田夫人が心配そうに眉をひそめる。
「いえ。お優しそうで優美でとても素敵でした。やはり皇帝陛下ともなれば、同じ人とは思えない、畏れ多い雰囲気でした」
「そう……」
ここまできて断ると田家に迷惑がかかるかもしれない。幸い、陛下は本当に身近で見たこともない夢のようなお方だった。本当なら一生お目にかかることがなかっただろう。それに後宮にはいれば父のことも何か知れるかもしれない。
「今は妃の身分や出世で、親族の引き立てなどはないから大丈夫だと思うが、それでも気をつけるのだよ」
過去にあった後宮の熾烈な争いを田さんは心配しているのだろう。確かに、妃たちの身分で、身分の低い役人だった父親が将軍職に就いた時代もあった。そのおかげで国家転覆が何度もあったので、いまでは本人の能力に応じた身分や報酬が得られるようになる。公平な時代かもしれない。
「大丈夫ですよ。陛下に不快な思いをさせないようにさえ注意します」
「こんなに可愛い翠玉だもの。ほかの女子にいじめられたりしないかしら」
すっかり田夫人はわたしをねこっ可愛がりしてくれていた。その気持ちがとても嬉しい。
「頑張ってきます。何かあれば文を書きます」
名残惜しい田家を後にして私はとうとう後宮入りするのだ。
後宮入りすると、一番奥の静かなところに一室を与えられた。身分は采女で一番下だ。他に一緒に入った女人たちも采女だが、一人だけ一つ上の位の宮人を与えられた女人がいた。将軍の娘である王茉莉だ。あの華やかな女人だと知り、納得する。
「張采女さま。こちらの荷物はどちらへおきましょうか」
私に付いた侍女の小秋は年も近く、気さくでてきぱきしている。気が合いそうな侍女でよかったと思う。
「この棚に全部収めることにするわ」
部屋の入り口では、若い下男の子芹が門から何度も往復して、荷物を運んでくれていた。
「何度もごめんなさいね」
「重くないですしいいですよ。しかし張采女さまのお荷物は他の方と違って小さいですね」
「そうねえ」
宮廷入りするにあたって家財道具はあるので持ってこなくても良いと言われ、衣装も宮廷で作ってくれると言われた。何を持ってきたかというと書物だった。支度金としてもらった黄金で、田さんから本を買ったのだ。田さんは好きなだけもって行けばいいと言ってくれたが、せっかく支度金をもらったのですべて本代として支払った。
他の女人は家財道具も衣装もいらないと言われても、持ち込むことが多いようだ。王宮人はもちろん豪華な部屋になるのだろう。
空いた棚に整頓しながら書物を並べていると、とても心が安らぐ。後宮の生活はどんなものになるだろうか。陛下が訪れることがなければ暇だろう。しかし、これだけ本があれば全然余裕で毎日過ごせるはずだ。
びっしり本が詰まった棚を満足そうに眺めていると、「張采女さまはほかの方々とちょっと違いますねえ」と小秋がつぶやいた。
「
そう?」
振り返ると子芹も本棚を右から左と眺めて「ほんとだ。こんなに本がある部屋初めて見た」と呆気にとられたような顔をしている。
「読みたいものがあれば読んでもいいわよ」
そういうと二人は両手を振り「とんでもない!」と言う。
「遠慮しなくていいのに」
「それが……」
残念ながら二人は字が読めないのだ。
「そっか。ああ、じゃあ読みたくなったら字を教えるから」
そう提案すると二人の顔は輝いた。よかった。これなら暇で本ばかり読む日でもなくなりそうだ。
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