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夕陽の射し込む部屋で、僕は悪夢に飛び起きた。
全身に嫌な汗が滴っている。
もう、乗り越えたと思ったのに。
もう、とっくの昔に終わったことなのに。
僕はまだ・・・・・・あの頃の悪夢に囚われている。
両性具有の、この体・・・・・・。
シャワーで汗を流しながら、僕は自分の体を見下ろした。
できることなら、当たり前の女に生まれたかった。好きになった男と一緒になって、子供を産んで、共に老いて死ぬことが、幼い頃からの僕の唯一つの夢だった。 だが、あまりにも不完全なこの体は、男女どちらでもありながらどちらでもない。愛する人の子を産むことも、かといって逆に孕ませることも、僕には叶わぬ夢だった。
こんな僕を、それでも普通の女と同じように愛してくれた男もいた。
だが、多分僕の生きてきた長い人生の中で、僕を完全な女として愛したのは、あの男しかいない。
あの男にとってだけ、僕はずっと"娘"だった。
ちょっと変わった体に産まれただけの、紛れも無い女の子。
その男が死んだとき、僕はドレスを脱ぎ捨て、剣を取り、男装をして無力な少女だった日々を捨てた。
僕は女に生まれたかった。
けれど、女でいたくなかった。
自分を苦しめる男を、憎むことも殺すこともできず、自分を正当化するように、ただひたすら愛して……失って。僕は僕を殺すために、死に物狂いで生きてきた。
「くそ……っ」
あんな娘に出会わなければ思い出さなかった。
気の狂れそうな……あの、優しい悪夢の日々を。
やり場の無い苛立ちと、何かせずにはいられない衝動に駆られて、僕は剣をとり外へ飛び出した。
僕に何ができる? 何もできることなんかありはしない。だが、あの少女はあまりにも自分に似ている。何とかしなければ……僕の意識は引きずられるように、あの日々へと堕ちていってしまうだろう。
蒼暗に包まれた町を、僕は歩いた。ギルドへと向かう裏街道は、表街道よりもずっと闇が濃く思える。楽しい夕食の準備に追われるその裏で、僕たちは夢を見るために酒に溺れ、殺しの算段をするのだ。
だが、それはまだマシな日常だ。
僕は、夢さえも見られない……そんな日々を知っている。
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