エリザ王子の受難

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 魔女の行動は素早かった。父を丸め込んで、僕を遠い田舎の伯爵家に預けてしまった。どうやら体の養生にいいとかなんとか理由をつけたらしい。しかし、のんびりした田舎は暮らしやすかった。  空気もご飯も美味しいし、多くの人の目もない。その上、老いた伯爵夫人は、織物の名手だった。得意だった刺繍から手仕事に目覚め、今や幾つもの工房の後援をしながら、国の手織物業の第一人者となっていた。夫人の庇護の元に、伯爵領ではあちこちに職人たちが集まって暮らしている。  僕はたちまち職人たちとの暮らしに馴染んだ。幼い僕には毎日が新鮮な驚きの連続だった。編み物や織物に没頭して暮らすうちに、瞬く間に日々が過ぎた。  十五になった時に、父が僕に会いたいと言ってきた。兄たちに会える!   伯爵夫人は僕を心配して、騎士のハンスを従者につけた。そして、城に着けば兄たちはおらず、僕は義母に見つかってクルミの汁を塗りたくられた。すっかり薄汚い見た目になった僕を見て父は嘆いた。こんなに醜く育ったのかと。  見る目のない父はもうどうでもよかったが、どこにも姿の見えない兄たちが心配だ。とぼとぼと城を出て行くと、ハンスが兄たちの噂を集めてきた。義母があることないこと父に吹き込んで、彼らを鳥に変えて追い払ったとの話を。兄たちは皆美しかったので、唯の鳥ではなく、白鳥に変わったという。 「ハンス! 白鳥探しだ!」  途中の湖で汚れを洗い流せば、僕は元通りの姿になった。白鳥たちの行方を聞いて旅を続け、とうとう海辺まで出た。漁師に分けてもらった魚を食べていた時だった。金の冠を頭上に乗せた白鳥の群れが飛んできた。追いかければ日暮れと共に白鳥は王子たちに姿を変える。 「兄様!」 「エリザ!」   疲れ切ってぼろぼろな兄たちにもみくちゃにされ、一緒に泣いた。おっとりしていた兄たちは、苦労を重ねたためか、美しい顔に翳を宿していた。一年に一度しか故郷に戻れず、明後日には再び海の向こうの国に旅立つと言う。僕は、何としても兄たちを助けたかった。兄たちも、僕と離れたくないと泣いた。 「じゃあ、兄様たちが僕たちを連れて行って」 「えっ! エリザ様だけでなく私も?」 「ハンス! お前がいなかったら、いざって時に困るだろう!」
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