一話:破壊王と錬金術師

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* 「だぁ~っ、暇だな豚箱ってのはよぉ」  退屈に呻く男の影。  湿った薄暗い牢獄の中で、その男・アクタは大きな伸びをした。壁につながれた鉄製の鎖がジャラジャラと鳴る。ぐわーっと欠伸をすれば、生臭い大気が肺に入り込んできた。  窓も通気口も無いので、今が昼か夜かも分からない。眠り薬を打ち込まれて感覚が狂ったのか、腹時計も当てにならなさそうであった。牢に入れられてからどれくらいの時間が経ったのだろう。 「歌でも歌ってやろうか……いや止めだ。看守になんか言われる」  牢での時間を持て余したアクタは成す術なく壁に寄りかかり——— 「!」  石の壁伝いに、何者かの足音を耳にした。  『カツン、カツン』と、石床を歩む音が聞こえてくる。アクタは呼吸を止めて気配を感じることに専念する。  また暇になった看守が、退屈しのぎに警棒で殴りに来たのだろうかと思ったが、果たしてアクタの牢の前に現れたのは——— 「あっ、お前は!」 「静かに。監視に気づかれちゃうでしょ」  唇の前に人差し指を立てるのは、少年とも少女とも思えるような美貌の青年だった。真珠のような薄桃色の珍しい髪色をしている。アクタが崩落する坑道から助け出し、その流れで一緒に捕まっていた者である。  青年はキョロキョロと周囲を見回し、声量を抑えて言う。 「アクタ、僕に協力してくれないかな。一緒に他の鉱夫たちを救おう。僕なら君を、ここから連れ出せる」 「断る」  アクタに提案を食い気味に拒絶され、青年はピタリと静止してしまう。 「ちょっと、まだ何も内容を話してないでしょ!」 「あのなぁ……」  アクタは胡坐を掻いたままズリズリと尻を擦り、鉄格子の傍まで寄る。青年の整った顔がすぐそばに見えた。 「まず名乗りだろ、お前、礼儀としてよ。俺はお前の名前を知らないのに、お前は俺の名前を知っている。そんな状況で協力しろと言われても、ハイそうですかってほいほい着いていくわけねぇだろ」 「なんだ、そんなこと……」  青年は何を叱責されるのかビクついていたが、すぐに気を取り直す。 「僕はイロハ。石見国の方から来た」 「そうか、イロハ……って、石見だぁ? めちゃくちゃ遠くじゃねぇか」  アクタは目を見張った。石見といえば弐本列島のそこそこ西側にある国で、銀の産地として有名である。ここ闇雲国は列島の中央よりずっと東側にあるのだから、石見国からはかなりの距離があった。  旅をするにしても、数ヶ月はかかる道のりである。しかも道中には切り立った山脈や樹海、急流、治安の悪い国なども多々あり、とうてい目の前の華奢な青年が一人で渡ってこられるような旅路ではなかった。  アクタは目の前の青年が思ったよりすごい奴なのかもしれないと思い、ようやく聞く耳を持った。 「分かった。それじゃイロハ、話ってのは?」 「脱獄しよう。あの九竜って大名は危険だよ」 「はぁ……確かに危ない女だとは思ったがよ、なんだってすぐに脱獄しなきゃいけねぇんだ?」 「なんでって……アクタ、さっきの沙汰、聞いてなかったの⁉」  イロハは信じられないといったふうに、血相を変えて言う。  今から一時間前、捕らえられた鉱夫たちに告げられた沙汰。それはあまりに過酷なものだった——— 「全員揃ったな。よし……やぁ鉱夫ども、先ほど振りだな。闇雲国が大名、九竜である」  鎖で縛られた鉱夫たちを牢獄内の広間に集め、壇上の九竜が声を張る。広間には武装した郡代たちがずらりと壁に沿って並んでいたので、鉱夫たちはすっかり萎縮してしまっていた。  九竜はパラパラと書簡を捲り、目を細めてそれらを読む。 「先の坑道崩落の件、調査が進んでいる。未だ被害の全容が明らかになっていないものの、確定している限り、死者八名、負傷者一七名、行方不明者は死傷者の倍はいると見積もられている。一部の坑道の崩落から衝撃が伝播し、闇雲鉱山での被害総額は十万両に登るだろうとのことだ」  九竜は朗々と書簡を読み上げる。石でできた広間には彼女の声がよく響いた。 「此度の件、我が国への損失甚だしいことこの上なく、主犯には然るべき刑を処す必要があるが———」  そこまで言って九竜は、鉱夫たちをぐるりと見回した。その射抜くような視線に一同(アクタ以外)は揃って首をすくめる。  その様に九竜はにやりと笑い、得意げに扇子を『バッ』と広げる。 「坑道崩落は現場検証が難しくてな、主犯が誰か分からぬのだ。だから……この場にいる鉱夫十三人、全員まとめて斬首に処すことにした」  ———沈黙。  誰も、九竜の言っていることを一度で理解できなかった。  そして一拍遅れて、誰かの怒号が上がる。 「ふざけるな! そんな横暴が通るか!」 「俺は深いところまで行ってねぇ! 崩落とは無関係だ!」 「破壊徒芥川がやったに決まってんだろうが! あいつだけ処刑しろ!」  広場は紛糾し、憤懣の声に包まれる。槍玉に上げられているアクタは、そんな非難はどこ吹く風と天井のひび割れを数えていた。 「黙れ。異議のある者は、この場で刑を執行しても良いのだぞ?」  九竜がぴしゃりと言い放つ。それに呼応するように周囲の郡代たちが、刀に、警棒に、弓に手をかけたので、鉱夫たちはその圧にあてられて押し黙ってしまう。  閉口する一同を見渡し九竜は満足そうに頷くと、 「刑の執行は七日後とする。おい……罪人たちを牢につなぎ戻しておけよ」 とだけ言い残し、壇上から去ってしまった。  命じられた郡代たちは無感情に、消沈した鉱夫たちを引きずるように牢に戻してゆくのだった。 「あ~言われたな、一週間後に斬首って」 「軽っ! なんでそんなに平気そうなんだよ! 脱獄しようよ! 殺されちゃうよ!」  イロハは事態を重く受け止めていないアクタにまくしたてる。 「え~だってよぉ、今疲れてるし、矢傷も癒えてねぇからなぁ。それにまだ一週間もあるんだぜ? だったらせめて、そうだな……六日目の昼くらいまでは粘って、タダ飯に与った方が得なんじゃねぇか? お前もそうしろよ」 「な、な、な……」  アクタのあんまりな言い分に、今度はイロハが言葉を失ってしまった。自分の首に刃が向けられているというのに、何とも呑気な話である。  アクタはそんな能天気さを示すように一発、大欠伸をした。イロハがアクタをどう説得するべきかを考えていると、 「そういやお前ぇ!」 「ひっ! 大声出すなって言ったでしょ!」  突如アクタが叫んだ。イロハは思わず耳を抑える。 「お前なんで牢の外にいるんだ、捕まってただろ!」  今更も今更、アクタは当然の疑問を口にする。矢を射られて眠ってしまった後のことは覚えていないが、イロハも郡代に取り押さえられていたはずだった。アクタと同じように収監されたはずである。  イロハはちょっとの間驚いた表情をしていたが、やがてふふっと笑うと分かりやすく得意気そうな笑みを浮かべた。 「脱獄なんて簡単だよ。なんてったって僕、錬金術師なんだから!」
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