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二話:剣と鶴嘴
「ここにありまするは、一片けの鉄鉱石にございます」
「なんだその語調は」
イロハは懐から石ころのようなものを取り出す。黒く角ばったそれはアクタの目から見ても、まごうことなき鉄鉱石だった。
「錬金術の妙、お見せしましょう。石に力を込めれば……」
イロハは指先に持つ鉄鉱石に摩訶不思議な力を込める。するとイロハの両手の甲に描かれている複雑な模様の刺青が発光しはじめ、
『バチバチバチッ!』
っと白い稲妻のような光を走らせた。光は鉄鉱石を包み込んでゆき、鉄鉱石はゆっくりとその姿を変成させてゆく。
やがて鉄鉱石は見事な鍵の形となり、イロハの掌の中に納まった。
「おおっ! 鍵になった!」
「ふふん、すごいでしょ」
得意満面。イロハは即席の鍵を掲げてみせる。
しかし、いつまで経っても、その鍵をアクタの牢の錠に差し込むことはなかった。
「? 脱獄すんじゃねぇのか?」
「僕に協力してくれるって約束してくれたら、出してあげるけど?」
「あーじゃあするする。今すぐ脱獄しよう。出してくれ」
「軽いなもう! もっと真摯に、僕の目を見て言って! こういう儀礼的なことはけっこう重要なんだ」
「なんだこいつ初対面でアレコレと……」
アクタは面倒くさがりながらも居住いを正し、鉄格子越しにイロハを見つめる。その整った顔立ちと煌めく瞳は直視するには些か眩しすぎたが、なんとか目を逸らさなかった。
「この芥川アクタ、えーと、お前苗字は?」
「望々」
「おう、この芥川アクタ、汝、望々イロハと一時の協定を結ぼう」
「良し出してあげるね」
がちゃん。
「お前の軽さも大概だな!」
かくして。
手枷の鍵も同じように外してもらい、破壊徒芥川は一先ず、牢から抜け出すことができたのだった。
「なぁイロハ、協力すること以前に、何個か質問があるんだが……」
牢獄の廊下を看守に見つからないように進みつつ、声を潜めたアクタが問う。
「何?」
「どうして真っ先に、俺を助けたんだ? 他にもあれこれ捕まってるやつがいただろ」
アクタの疑問も当然のものである。牢獄には二人を除き十一人もの鉱夫たちが囚われていたが、その中でもイロハは、一直線にアクタを助けに来た。
「なんだ、そんな簡単なこと……」
イロハは曲がり角の先を手際よく観察し、見張りが誰もいないことを確認してから歩を進めた。
「そんなの、アクタが一番強そうだったからに決まってるじゃん。他の鉱夫たちは大名と郡代に怯えきってたけど……アクタだけは違ったよね、大勢の郡代相手に切った張ったの大立ち回り。皆を逃がすうえで戦闘は避けられなさそうだし、一番腕っぷしが立ちそうなアクタを選んだんだ」
「お前……」
真正面から信頼をぶつけられ、アクタは言葉に詰まる。
「そういえばアクタ、あのとき背負ってた武器を持ってないね。流石に没収されちゃった?」
「武器……あっ! 忘れてた!」
アクタは背中に手を回す。しかしその手は虚空を掴むだけだった。
「『ケンコン・ブレイド』が無ぇっ! くそっ、眠らされてる間に奪われたんだ。あれは大事なもんなんだ。取り返さねぇと!」
「しっ、アクタ静かに! 何か声が聞こえる!」
イロハが背伸びしてアクタの口をふさぐ。アクタは冷静さを取り戻し、ピタと静止して周囲の音を探る。
耳を澄まさなくとも、その声は聞こえてきた。
「ったくよぉ、何が夜勤だまったく。全員ふん縛ってんだから押収品の監視なんていらねぇだろ」
「まったくだぜ、九竜大名も人使いが荒くって敵わねぇ」
前方の通路の奥から、野太い声で愚痴る男の声が聞こえた。恐らく数個の曲がり角の先に押収品の保管室があるのだろう。廊下は狭く石造りであったため、反響する声は遠くまで聞こえた。
「渡りに船だ。あそこを襲撃すりゃあ良いんだな」
「見張りがいるってことは、それしかないね……なるべく騒ぎにならないように、速やかに二人だけを倒そう。よろしくね、アクタ」
「はぁ? お前も戦えよ」
「こんな華奢な子を戦わせるの? 無理だよ」
「てめぇ……」
「はい行った行った。とっとと脱獄しないと」
イロハに背中を押され、アクタはしぶしぶ前を行く。やはり曲がり角を数回曲がった先には保管室と思しき小部屋があった。アクタがほんの少しだけ角から顔を出して様子を窺えば、部屋へと続いているであろう扉の前に、二人の郡代が椅子を構えて座っていた。
「成程、大したことなさそうなやつらだ。あれなら奇襲をかけて一発で……」
アクタが破壊徒の笑みを浮かべる。その本能剥き出しの表情にイロハが身震いしたところで———
「おいお前、芥川が背負ってた鶴嘴を見たかよ?」
「あぁ見た見た、妙ちきりんな代物だったな」
「あぁ……?」
見張り郡代の雑談に、今まさに奇襲をかけようとしていたアクタの動きがピタリと止まる。
「見ろ、ここの痣と、ここの傷、あの鶴嘴にぶん殴られてできたんだ」
「ヘンテコな鶴嘴だったなぁ。あんな人殺しの道具で、まともに石が掘れんのかね」
「ああいうイロモノを使うのは、頭がバカなやつと相場が決まってるんだ。きっと芥川のやつ頭脳がすっからかんに違いねぇ」
「第一、『ナンタラ・ブレイド』って名前もヘンだしな……『ブレイド』って、どういう意味だ?」
「さぁな? 細くて長いアレのことなんじゃねぇの?」
「「ガハハハハ!」」
「あいつら……」
ゴゴゴゴ、と、イロハの足元が小刻みに揺れる。
「ちょっとアクタ、抑えて……!」
イロハの静止も虚しく、アクタの頭がまさに怒髪天を衝くように逆立つ。
「てめぇら俺の鶴嘴を、ちんこっつったなコラぁ!」
手をかけていた石壁の角をあろうことか握りつぶし、アクタは烈風がごとく跳躍する。
「げえっ、芥川!」
「なんで牢の外に———ぐあぁっ」
郡代たちが驚きの言葉を発し終えるより早く、五間はあろうかという距離を一回の踏切で跳躍したアクタの飛び蹴りが炸裂する。郡代の一方はその蹴りを顔面に喰らい壁に叩きつけられ、もう一方はそれに面食らっているうちに、素早く撃ち込まれたアクタの回し蹴りに昏倒する。
「ふうっ」
「アクタ強い!」
「さっさと持つもの持って逃げるか。すぐ騒ぎを聞きつけた他の奴らが———」
アクタが首を鳴らして言い終わる前に、
「何の音だ!」
「保管室の方から聞こえたぞ!」
「脱獄だ! 芥川の房が空だ!」
どこに勤めていたのやら、狭い通路を我先にと、大勢の郡代がこちらに向かってきていた。十人近い警備は皆一様に武器を構えており、ドカドカと迫ってくる。
「早ぇな。おいイロハ! ここの鍵開けられねぇのか!」
「今やってる! 鍵の錬成は難しいんだ! さっきの牢のは、あらかじめ大雑把な構造を把握できてたから余裕だったの!」
イロハは錬金の種となる鉄鉱石を南京錠にあてがってガチャガチャとしている。そんな作業を相手が待ってくれるわけもなく、郡代たちはもうすぐ目の前まで迫っていた。
(くそっコイツ、自信満々に『協力しろ』なんて言ってきたくせして、使えねぇじゃねぇかっ)
アクタは郡代たちに向き直り拳を構える。そして武器を持った相手に十人組手をやることを覚悟したところで———
「……だめだ、この鍵開かないや」
「はぁっ⁉ てめぇ、ここまで来させといて———」
「だからもうぶっ壊す! アクタ、ちょっと離れて!」
「離れるも何も郡代がもうそこまで———」
イロハは鉄鉱石を投げ出すと、刺青の入った両拳をガンッ! っと石壁に打ち付けた。両手から白い稲妻が迸り、瞬く間に壁一面を覆ってゆく。
そして、
「逆錬金・破砕っ!」
『バッガァァァン!』
石壁は粉々に砕け散った。大小様々な破片が飛散し、もうもうと土煙を上げる。
「はい開いた」
「ははっ、案外やるじゃねぇか! イロハ!」
郡代たちが爆風に怯んだ隙に、アクタは保管室の中に駆け込む。そして山積みとなった雑多な押収品の中から一本突き出た〝柄〟を見つけると、ガッチリと掴み、思いっきり引き抜いた。
土煙を裂く、真赤な嘴。
アクタが鶴嘴の柄に供えられた機構を回すと、鶴嘴は『ブシュゥゥゥ』と白煙を吐き、歯車を回して変形し始める。両嘴は柄に沿うように合わさり、深紅の両刃刀へと変貌した。
アクタはもはや鶴嘴ではなくなった剣の柄を両の腕で握ると、大上段に振りかぶった。
「覚悟しろよぉ……静かに脱獄できなくなった以上、全員まとめてぶっ飛ばす!」
破壊の笑みを浮かべ、アクタが堂々と宣言する。剣の先端には傍目から見ても分かるような異様な闘気が纏われ、不吉な予感に満ち満ちていた。
「かかれっ! 国賊をひっ捕らえろ!」
それでもなお向かってくる郡代たち。アクタは大きく息を吸う。イロハは部屋の隅に屈みこんで頭を守る体勢を取った。
「乾坤一擲! はァァァッ!!!」
赫刃一閃。真縦に振り下ろされた剣が大気を切り裂く。
剣戟から一拍遅れて、先頭にいた郡代の甲冑がバキリ! と真っ二つになった。
次いで周囲にも爆風のような衝撃波が走る。
「ぐわぁぁぁ!」
「なんちゅう馬鹿力だ! 破壊徒芥川!」
勇んでいた郡代たちにも動揺が広がる。アクタは得意げに剣を肩に担いだ。
「へっどーだ。さっきはよくも搦め手なんざ使ってくれたなぁ! たっぷり仕返ししてやるぜ!」
「崩れるぞ! 退け、退けーっ!」
「へ? 崩れる?」
慌てふためく郡代たちに、今度はアクタの方が気勢を削がれた。額に小石が落ちてきたので天井を見れば、アクタに対して垂直に太い亀裂が走っていた。
そして亀裂は、アクタの股下にも同じように走っている。
「屋内で縦振りしたらそりゃそうなるよ」
「てめぇ! そういうことは先に言っとけ!」
「まさか狭い室内で剣を思いっきり縦に振るとは思わなかったんだよね!」
郡代たちはもうとっくに遠くまで避難してしまっていた。アクタとイロハもその場を脱しようとするが、些か時が遅すぎた。
ガラガラと天井が崩れてきたかと思えば、バクン! と床が真っ二つに裂けた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ———ッ!」
「うわぁぁぁぁぁぁ———っ!」
憐れ、二人の青年は、どこまで続くかも分からない暗闇へと真っ逆さまに落ちていった。
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