二話:剣と鶴嘴

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*  鼻頭に零れる砂粒が不快に痒くて、アクタはハッと目を覚ました。 「……っ痛ってぇ~……どこだ、ここは」  辺りは真っ暗である。どうやら気を失っていたらしく、揺れる脳内を整理して今までのことを思い出そうとする。 「ええと確か、脱獄しようとして、剣を振るったら床まで裂いちまって落ちたんだ。イロハと一緒に———そうだ! イロハ! どこだ! 無事か!」  アクタは周囲に呼びかける。辺りを見回してもイロハの姿はなかった。  アクタは上を見上げた。牢獄の床に開けた裂け目から真っ逆さまに落ちてきたはずである。天井はアクタの身長の十倍以上はあろうかという高さであり、成程あんなところから落ちてしまえば気絶も止む無しといったところだ。郡代たちも、さすがにここまでは追って来ていないようだ。  それに周囲には、アクタの剣戟で破壊された岩も一緒にゴロゴロと転がっていた。落下の拍子にあれらの下敷きになってしまえば、アクタといえど命は無かっただろう。  イロハはあの岩雪崩に巻き込まれ、無言のうちに絶命してしまったのだろうか。 「おーい! イロハ! 生きてんなら返事しろーっ! イロハーっ!」  アクタの大声が洞窟内に反響する。  しかし、そこにはただ押しつぶされそうな沈黙があるのみである。返事は無かった。 「……南無阿弥陀仏」  アクタは両手を合わせて目を閉じる。出会って間もなかったが良い奴だったと思う。石見国には自分の名で文でも送っておいてやろう。  そう思った瞬間、何やら動的な気配を感じ、アクタはすぐに戦闘態勢となった。静寂の洞窟の中、自分以外に動くものの気配がある。アクタは目を見開いて光の無い洞窟内に目を凝らす。  蝙蝠か、蛇か、蜘蛛か、それとも追ってきた郡代か。アクタは全身の感覚を鋭敏にさせて敵に備えた。  しかし、そんなアクタの予想に反し、動いたのは——— 「……岩?」  眼前の岩が、ゴロリと転がる。何事かと思って見てみれば、岩にはたちまち白い稲妻のような亀裂が入り、二枚貝のようにパカッと割れた。  その中から現れたのはもちろん、 「勝手に念仏唱えるな!」  薄い桃色の髪を勢いよく靡かせ、イロハが顔を出した。 「おぉヒヨコみてぇだな。そりゃなんだ、錬金術で作った卵か」 「〝鉄蛤(てつはまぐり)〟っていう道具だよ。鉄を錬金して薄く延ばして球体にして中に入る———って、これの説明は良いの! というか、なんで生身のまま落ちたアクタの方が復帰が早いの! 化物なの⁉」 「昔っから身体の硬さだけは自身があるぜ」  イロハはぶつくさ文句を言いながら鉄蛤から身を出す。 「さて……どこまで落ちたんだろうね?」 「流石にこの洞窟まで俺の剣で裂いたわけじゃねぇぞ。牢獄の直下は、もとから空洞だったみてぇだな」  イロハはすんすんと鼻を動かす。遠くからは様々な鉱石の匂いや、動物の呼気、僅かに香る風の気配を感じることができた。少しは植物も生息しているようである。 「間違いない……この鉱石と生態系……ここは闇雲鉱山の坑道だよ」  イロハはそう断定した。 「へぇ、こんなとこまで坑道が続いてたんだな」 「うん。闇雲鉱山ってのはその名の通り、闇雲山を中心にしてやたらめったら掘られた坑道の総称なんだ。牢獄は山から少し離れてるけど……牢獄の真下だけじゃなく、城下町全体の下に坑道が続いていても何にも不思議じゃないね」 「それじゃあ、どっかからは出られるかもしれないってことか」 「まぁ一番大きな出入り口はアクタがぶっ潰しちゃったけどね」 「言ってくれるんじゃねぇかコラ……しっかし、この暗闇の中で出口まで登るのは骨だぜ。松明なんて回収してこなかったからなぁ」  アクタはイロハの考察を聞き、腕を組んで暗がりの方を見やった。イロハはそんなアクタの顔を見上げ、また得意げに微笑む。 「こんな時こそ錬金術の出番だよ」 「なんとかできるのか?」 「まぁ見てなって」  イロハは両の掌を合わせる。すると両腕に白い稲妻が迸り、イロハの刺青が発光し始めた。 「おぉ、その光を当てにして進むのか」 「いやいや、本番はこっからだよ」  イロハはそう言うと腰を落とし、稲妻を纏った腕で地面を殴りつけた。  稲妻は辺り一帯に走り回る。すると洞窟の床、壁、天井が、様々な色合いに輝き始めた。 「うおぉっ! 何だこれ!」 「弱い術式を流して、反応を見るんだよ」  洞窟内は数秒だけ虹色に染め上げられるが、それぞれの光はすぐに消えてしまう。しかし、稲妻が止まった後であっても輝きを失わない鉱石があった。イロハは遠くの地面に埋まっていたそれを掘り起こす。 「こんな風に目当ての反応を見つけられれば、探している鉱石をすぐに見つけられる」 「それは……蛍石か?」 「うん。蛍石は少しの術式にも反応して大きい光を放つ。これなら松明の代わりになるね」  イロハはその手に納めた蛍石に錬金術の力を込める。石は松明もかくやという光を放ち、周囲は問題なく照らされた。 「フフフ、錬金術っていうのは、こういう生活の困ったことを解決するためにあるんだよ」 「そうなんかなぁ……金を作る学問なんじゃねぇのか?」 「金を作るためだけに研究するのは勿体無いからね。技術は使いようなんだよ、アクタ」  そこからアクタとイロハは地上を目指すことにし、坑道の中を進んだ。闇雲山の坑道は巨大でかつ入り組んでおり、曲がり道、行き止まり、上り坂に下り坂が溢れている、さながら迷宮のような様相を呈していた。無策で立ち入れば成す術も無く餓死するまで彷徨うはめとなるところだが、経験豊富な鉱夫であるアクタと、風向きを敏感に察知できるイロハは力を合わせて進んだ。  道案内は基本的にイロハが担当し、道中で邪魔な岩などが立ちふさがればアクタの乾坤一擲の一撃で破壊して進んだ。イロハは坑道ごと崩れてしまうことを心配して再三力加減を注意したが、アクタ曰くこれでも相当抑えている方とのことだった。 「そういやよぉ! イロハ!」  ガッシャン! と岩壁を叩き壊しつつ、アクタが問う。 「何?」 「お前、何であの坑道にいたんだ? お前、鉱夫じゃないだろ」 「何でって……鉱夫じゃなくても鉱山に用はあるよ。僕は錬金術師だからね。良質な鉱石には目が無いんだ」  イロハはさも当然といった風である。しかしアクタは「んん~~~っ?」っと眉根を寄せる。 「お前、闇雲の触書を見て来たんじゃねぇのか」 「触書? なにそれ」  アクタは採掘の手を休めて語る。 「一週間くらい前によぉ、闇雲の周辺国と街道に触書が張り出されたんだ。『闇雲国の国威発揚のため、闇雲鉱山での採掘を奨励する』……って感じでな。それの鉱夫への報酬がべらぼうに高かったもんだから、あちこちから大勢集まったんだよ」  イロハには初耳の事情だった。イロハは茶屋や馬宿といった人の集まる場所を避けつつ旅をしていたので、そのような場所に掲示される触書を目にする機会が無かった。  確かに、あの坑道には尋常ではない量の鉱夫がいた。闇雲鉱山は広く、アクタが崩した坑道以外の場所でも、全体では数十人もの鉱夫がいたはずである。個人で仕事を請ける鉱夫ばかりが偶然集まった人数ではなかった。 「ふぅ~ん。じゃあアクタもその報酬に誘われて鉱山に入ったてこと?」 「あぁ。俺の収入の八割は採掘だからな。まぁ打ち首になりかけるとは思わなかったがよ」  イロハはアクタの背を追いつつ、今しがた聞いた一件に何か違和感を覚えた。 「ねぇアクタ、確認したいんだけど、その触書の報酬って具体的にどれくらいだったの?」 「おう、しっかり覚えてるぜ。金銀宝石を掘りだせば百五十両、将来有望な鉱脈を見つければ三百両はくだらないって話だったんだ」 「……普通の採掘依頼の相場は、どれくらいなの?」 「ん~最近はこういう採掘依頼は少ないんだがよ、大体はぁ~、え~っと……二、三十両ってとこかもな」  最近の採掘依頼が少ないのは破壊徒芥川が名を轟かせているからであろうが、それはともかくとして。 「相場の十倍じゃん! 怪しいと思わなかったの⁉」  イロハは愕然とした。そんな依頼、不自然すぎる。もしイロハが病気の治療や錬金術の依頼を受けたとして、報酬がそれだけぶっ飛んでいたらまず疑う。商売の世界というものは汚いものなのだ。  しかしアクタはケロリとしている。 「怪しいっつったってなぁ。そんなん疑ってたら何の仕事もできねぇぞ」  こんな異常な依頼を嬉々として受けた鉱夫が数十人もいるというのか。頭が痛くなってくる。イロハは溜息を吐いた。 「アクタ。最近どうして採掘依頼が少なくなってるか、分かる?」 「んあ? 知らん。不景気かなんかじゃねぇの?」 「いい? 『破壊徒芥川』といえば、僕がいた石見にまで轟いていた悪名だよ。何食ったらそうなるか知らないけど、強靭な肉体と真赤な鶴嘴で、どんな鉱山もぶっ壊してしまうってね」  それを聞くアクタは得意げそうである。イロハとしては少しは反省してほしかったのだが、今は小言を挟んでいる場合ではなかった。 「だから諸国の大名は、採掘依頼なんて出すわけがないんだ。だいたいの国は鉱山を抱えてるけど、もし金脈でも見つかれば、向こう数年は国を運営できるような大金が手に入るんだ。そんな文字通りの〝宝の山〟の存在を知られて、破壊徒に崩されたらたまらないからね」 「言ってくれるな、オウ」  イロハは顎に手を当てて考え込む。意識の大半を思考に使っていても、悪路には慣れていたので洞窟内で躓くことはなかった。ひょいひょいと瓦礫を乗り越えてアクタについてゆく。 「だから闇雲大名である九竜が、国最大の鉱山である闇雲鉱山に向けての採掘依頼を出すはずがないんだ。アクタがやってきて壊されてしまうかもしれないから……現にそうなった」  アクタはまた大岩をガッシャン! と打ち砕く。 「そんなの、あの女がアホだったっつーので片付く話なんじゃねぇの?」 「いや、僕がここに来るまでの道で集めた情報では、九竜大名は計算高いことで有名だったんだ。僕も実際そうだと思ってる。じゃなきゃ、この乱世に女が大名になれるわけがないからね」  イロハは無意識に手元の光石をいじくりまわす。指の影が光を遮り、洞窟内はチカチカと明滅した。  そうしているうちにイロハは、一つの閃きを得た。 「そうだよ! そもそも、坑道崩落の報を受けてから郡代たちが集まるのだって速すぎた! それに、あんなに城下町から離れた坑道までわざわざ大名が出てくるなんて不自然だ!」  アクタにより崩された坑道、集まった郡代、そして大名。それぞれの情報から、イロハはある考えに至る。 「まるで……鉱山を、崩したかったみたいじゃないか」  でも何故? 鉱山を破壊したいなら、爆弾でも詰め込んで勝手にやれば良いし、わざわざ鉱夫を集めた理由が分からない。アクタを利用して鉱山を破壊することが目的だったとしても、その場にいた鉱夫全員を処刑する理由にはならないはずだ。  イロハが様々な可能性を考えていると、 「ま、今はまだ難しく考えなくても良いんじゃねぇか? どっちみちここを脱出したら鉱夫たちを逃がしてやらなきゃならねぇ……その道中で九竜もぶっ飛ばしゃあ良い。そこで問い詰めりゃ良いだけの話さ」  アクタはイロハの懸念など意に介さないようにあっけらかんと言ってのけた。  その様にイロハは少し呆けたように沈黙し——— 「うん、そうだね。一番大事なことを忘れてた。ありがとう、アクタ」 「さ、とっとと地上の空気を吸いに行くぞ!」  アクタは目の前の岩壁を豪快に破壊した。 「あ、アクタ、今の壁は壊さなくて良かったかも。普通に右に道が続いてるし、そっちから風が吹いてきてる———」  言いかけ、イロハは何か異様な気配を感じて口を閉じる。アクタも、崩れた岩の山に向かって鶴嘴を構えた。 「アクタ、この気配、何かいる!」  崩れた岩が、『ゴゴゴゴゴ』と震える。それは周囲の者を射竦めさせてしまうような、不気味な鳴動だった。  イロハは無意識に懐から鉄鉱石を取り出して握る。  岩は下から何者かに押しのけられるかのように盛り上がり、やがて噴火するように炸裂した。 「こ、こいつは……!」  イロハはアクタの背越しに、現れた存在を見る。アクタは飛んできた岩の一つを鶴嘴で叩き落すと、イロハと同じように現れた巨大な物質を見上げた。  地面から突き出されたのは、見上げる程の大きさの白柱である。  否、その柱は先端が鋭く尖っており、正しくは生物の爪であった。  そしてその爪は周囲の地面を強引に掘り返し、その者が身体全体を乗り出してくる。 「こいつは!」 「ダイダラモグラ! 〝鉱夫殺し〟だ! 気をつけて!」
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