三話:人間と石食い

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三話:人間と石食い

 ダイダラモグラ。  弐本に古くから生息する、巨大なモグラの一種である。  強靭な体躯と強固な爪を持つこのモグラは、通常であれば鉱夫にとって大した恐怖ではない。  通常であれば。  イロハはモグラから距離をとりながら、なお存在感を失わないその巨体を見上げた。 「こいつ、でっかいねぇ!」 「そうかぁ? もっとでけぇのも見たことあるぞ」  ダイダラモグラの特徴は、生涯その身体の生育が止まらない点にある。  〝ダイダラ〟の名を冠していても所詮はモグラ。小さいままならさしたる脅威でもなく、鉱夫の硬い靴に踏んづけられたり、地面から頭を出した拍子に鶴嘴で頭蓋を砕かれたりして死んでいるのをよく見る程度である。  しかし採掘技術の向上と共に、鉱山に立ち入る人間が増えた。そして初めのうちは人間がこぼしたり落としたりした食料を、その次は鉱山事故で力尽きた人間を、さらには坑道に迷い込んだ犬や猫をも喰らい、いつしかモグラは巨大化。果てには積極的に人間を襲うまでとなった。  そんなダイダラモグラは人間が掘った坑道を丁度良く住処とし、立ち入った動物を何でもかんでも捕食するという生態を有するに至った。鉱夫の間でとうとう付いた渾名は——— 「〝鉱夫殺し〟、その力、見せてみろってんだ!」  大爪を振り下ろしてくるモグラに対して、鶴嘴を振りかぶるアクタ。二つの先端は激突し、洞窟内に凄まじい金属音を響かせた。イロハは思わず耳を抑える。  ダイダラモグラの爪は岩盤を砕くことに特化した進化を遂げており、その材質はもはや鋼鉄に等しいものになっていた。鶴嘴とぶつかり合い、バチバチと火花がまき散らされる。  結んでは離れて、離れては結び、爪と鶴嘴の乱打が激突し合う。膨大な火花が、洞窟内を昼のように照らした。  人の身を容易く切り裂けそうな爪の猛攻を、アクタは全て見切り、はじき返す。イロハが同じ状況に立たされていれば、間違いなく数秒で三枚におろされていただろう。それだけアクタの反射神経は常人離れしていた。  ダイダラモグラは目の前のアクタが単なる捕食対象ではない脅威だと感じたのか、バッと飛びずさって距離をとる。 「腰が引けたか! 畜生が!」  アクタは攻め手を緩めず、モグラを仕留めにかかった。五間の間をひとっ跳びにする跳躍力で敵に迫る。  ダイダラはそんなアクタを見、空いた左手をアクタの足元の地面に突き立てると、まるで円匙のように岩盤を掘り起こしてアクタごと天井に向けて打ち上げた。 「アクタ!」 「問題無ぇ!」  しかしそこは百戦錬磨のアクタ。瞬時に敵の行動に対応することができる。空中で身を翻すと天盤に鶴嘴を打ち付けて身体を固定し、文字通り天地がひっくり返ったように天井に立った。 「ハッ! 読めてんだよ! テメェの狙い!」  ダイダラモグラは両の手を合わせ、その両爪を一本の槍のようにして飛び上がった。狙いは当然、天井に張り付いているアクタである。 「アクタ避けて! 串刺しになる!」 「テメェの爪と俺の剣! どっちが硬ぇか勝負といこうじゃあねぇか!」  アクタは天盤から鶴嘴を引き抜くと、次いで天盤を思いっきり蹴り、地面に向かって跳躍した。飛び上がってくるモグラとの距離が加速度的に縮まる。  アクタは落下しつつ鶴嘴の柄の機構を回す。深紅の嘴は『ブシュゥゥゥ』と白煙を吐くと柄に沿うように回転し、一本の両刃刀となった。アクタはそれを両手で振りかぶる。 「鉱夫殺しは! 焼いて喰うのが! 一番美味ぇんだぁぁぁぁぁッ———!」  拘りを叫びつつ、アクタは全身の筋肉を使って、赫刃を振り抜いた。  一瞬、世界が停止する。  次いで、ダイダラモグラの爪先に『ビシリ!』とヒビが入った。  モグラが己が身に起きた異変に感づいたときには、もう遅すぎた。モグラの胴体は真っ二つに袈裟斬りにされ、アクタが放った斬撃の余波はそれだけに留まらず、周囲の岩壁にすらも、一本の巨大な亀裂を刻み込む。『ズゥゥゥゥゥン』と地鳴りのような振動が一帯に木霊した。  大量の石くずとモグラの血の雨とともに、アクタは軽やかに着地する。深紅の剣はまたガシャガシャと音を立てて鶴嘴の形状に戻り、アクタの背中に収まった。 「すごいよアクタ! やっぱり強い!」 「この程度倒せねぇで、鉱夫やってられっかよ。さ、喰うぞ。丁度腹が減ってた」
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