三話:人間と石食い

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* 「ここなら広くて、煙も溜まりづらいかな。アクタ、ここで休憩しよう」  坑道を進むと開けた場所があったので、二人はそこで休むことにした。わずかに採掘できた石炭にイロハが錬金術で火を灯すことにより、簡易的な焚火ができあがる。二人は火を囲んで、しばしの休息をとった。 「良いのか? モグラの可食部、全部俺が食っちまって」 「良いよ。これから何度か戦闘があるかもしれないし、そしたらアクタに頑張ってもらわなきゃいけないからね」  イロハは焚火にあたるばっかりで、何も口にしようとしない。アクタはそんなイロハの前で自分一人だけで肉を食べることも気が引け、今一つ食が進まなかった。 「……やっぱりお前も食え」 「いいよ、アクタが全部食べて」 「食えって」 「いいの」  イロハはどれだけ頼まれても目を固く閉じたまま、拒絶の意思表示を崩さない。アクタはイロハの目の前に焼けたモグラ肉を置くと、懇願するように手を合わせた。 「俺だけ食ってると殿様にでもなった感じがして、居心地悪くて食が進まねぇんだ! 食ってくれ!」 「……言う必要が無いから隠してたけど、僕は、石食いなんだ。だから肉を食べなくても、モグラの爪でも齧ってれば大丈夫」  ついにアクタの気遣いに良心が押し負け、イロハは言いづらそうに白状する。アクタは拝んでいた顔を上げた。 「お前、石食いだったか」 「驚かないの?」 「ん~まぁ、確かに世間では珍しがられるかもしらんが、俺は別に驚かねぇよ。初めて見たわけでもねぇからな」  石食い、とは———  人間のうち、その名の通り「石を食べる」特性を持った人々のことである。  その起源は必ずしも定かではない。生物学者たちが考察することには、鉱山が豊富な弐本においては石を食べていた方が食うに困らなかったため、他の人間との食物の奪い合いを避けるため、鉱石を食べることで鉱山由来の栄養素を補給するためなど、様々な理由が挙げられているが、実際のところははっきりしない。  イロハはアクタが残したダイダラモグラの爪を手に取り、バキバキと噛み始めた。性質上ダイダラモグラの爪は鉱石と同じようなものである。イロハにとっては普段の食事と変わらなかった。 「………………」  アクタはそんなイロハの食事の様子を物珍しそうに眺めた。  錬金術師であり、石食い。二つの希少な属性を持ったイロハは珍しい存在だっただろう。諸国を放浪しているアクタですら、そのような人材はついぞ見たことがなかった。  話に聞くところによれば、イロハは石見国の方から来たという。しかも、たった一人で。  必ずしも治安の良い道中ではなかっただろう。弐本はいま、戦乱の世である。イロハのような若者が単身で旅をするには険しい道のりだったはずだ。錬金術師も石食いも、その希少性から市井の人々には気味悪がられることもある。  加えてイロハは、少年か少女かも分からない顔立ちをしているのだし……。  アクタはしばし、イロハが辿ってきたであろう旅路について思いを馳せた。 「イロハ、お前……」 「ん、何?」  そして、沈黙の果てに紡ぎ出した言葉は——— 「お前、ケツの穴は無事か?」 「どういうっ事だよっ!」  イロハは憤慨しつつも手元にあったぶっとい石柱のようなモグラの爪をジャリジャリと噛み砕き、飲み込んだ。 「……そりゃ、色々あったからね。裕福な旅じゃないし、アクタが今思ってるようなことも当然、あったよ。でも、それは別に大した問題じゃないよ。旅さえ続けられてれば、僕はそれで良いんだ……」  自分は戦えないと何度も口にしているが、目の前の桃色頭は思った以上に逞しいのだろう。そもそも、最初に脱獄を計画したのもイロハだった。 「そんだけ苦労して、イロハはどうして旅を続けてるんだ? 俺なんかは日銭稼ぎのためにうろちょろしてるがよ」  腹に熱のあるものを入れて話しやすくなったアクタが問う。イロハも空腹を満たし、気持ちが軽くなったのは同じなようだった。イロハは数本あった爪のうち最後の一本を飲み込むと、パンパンと手を払った。 「ちょっと、探している石があってね。そうだね……アクタは『青魄石』って聞いたことある?」 「せいはくせきぃ? 悪いが、聞いたことねぇな」  常識は無いが鉱石の知識だけは特にあるアクタでもその石の名を知らないことにイロハは少し落胆しつつも、話を続ける。 「石食いの間に伝わる伝説みたいなものなんだよ。青魄石を一片食べると不老不死になるって。青く輝くその石は宝石のようで、まるで天の上から神様が落としたみたいだってね」 「ふぅ~ん……孫悟空が食った桃みてぇなもんか」  アクタの反応は軽い。 「……あんまり興味なさそうだね。普通の人間が食べても効果あるって言われてるんだよ?」  アクタは残っていたモグラの骨を気休めに齧る。 「別に、高く売れるなら良いけど、不老不死にぁ興味はねぇなぁ。逆にお前は不老不死になりたいのか?」  問われ、イロハは首を振る。横に。 「別に、僕も不老不死には興味は無いよ。ただ、もし青魄石が実在すれば、薬として使えるかもしれないって思っててね」 「薬か」 「ほら、錬金術と医学って、遠いものじゃないんだよ? むしろ錬金術でしか作れない薬なんかもあって、製薬に関して言えば錬金術は優秀だからね」  イロハは火が弱まった石炭に錬金術をかけなおし、火の勢いを保たせる。  そして、ぽつぽつと身の上を語り始めた。 「……僕のおじいちゃん、僕が十歳のときに不治の病に罹ってさ、高名なお医者様に診せたり、あちこち湯治に行ったりしたけど、病気は治らなかったんだ。それで僕に『曾孫の顔が見たいんじゃ』って口癖みたいに言ってたんだけど、それも叶わないまま死んじゃった」  イロハが焚火を見つめる瞳は、静かに、しかし力強い光を灯していた。真珠色の前髪が揺れる。 「だから僕は、人を治すことを仕事にしたいと思ったんだ。そこで医者になろうと思って、医学を修めた。僕ってこれでも優秀で、朝廷の医師団の末席くらいまでいったんだよ」  へらりと笑って見せるイロハ。しかしその笑みの裏には途方もない努力が隠されているということは、アクタにも容易に察せられた。  そしてアクタは、今しがたイロハが言った身の上に妙な点を見つけた。 「ん、待て……朝廷? 朝廷ってお前……」 「うん、知っての通り、戦争やら下剋上やらが頻発して、京都が火の海になっちゃったじゃない。朝廷は焼け落ちて仕事どころじゃなくなったから、錬金術師として全国を歩き回って情報を集めることにしたんだ」  どっちみち宮仕えを選んだのも、青魄石の情報が集まりやすいと思ったってだけのことだからね、と、イロハは付け加えた。 「そうか……お前も苦労してんだな。俺とは大違いだ」 「そうかな……そんなことないと思うよ?」  イロハは組まれたアクタの腕を見つめる。大蛇のように太い腕と、そこに浮くたくさんの古傷は、アクタが辿ってきた過酷な人生を表していた。 「アクタの人生だって立派なものだったと、僕は思うよ。まだ君のことは分からないことが多いけど、それだけは言える……」  イロハは静かに、相手を讃えるように呟く。  その雰囲気に、アクタもフッと肩の力を抜く。  ここ数時間、二人はずっと緊迫した状況下にあった。火を囲み、腹を満たし、しばしは休息の時間となる———  しかしその時間は、長くは続かなかった。 「逆錬金・鎮火」  イロハは突然、燃える石炭を掴んで『ジュッ』と消してしまった。周囲は一瞬にして暗黒に染め上げられる。 「うおっ、暗ぇ!」 「しっ! 声抑えて」  イロハはアクタに跳びかかって口元を押さえる。アクタははじめは何が起きたが分からなかったが、すぐにイロハが火を消した理由に気が付いた。  カツン———、カツン———、と、どこかから物音が聞こえる。 (足音……?) (ありえない……こんなところに人がいるなんて。まだそんなに地上近くには登っていないはずだよ)  二人は音の反響しやすい洞窟内で、小声で会話する。 (崩落した坑道内に取り残された鉱夫かな) (いや、この気配は違ぇな。遭難してるにしては、足音が堂々としすぎている。不安な奴の足取りじゃない)  アクタはその数えきれないほどの戦闘経験から、足音だけで相手の様子を気取ることができた。 (モグラや蝙蝠が入り乱れ、しかも視界も悪い坑道で、あんな確固たる足取り……強いな)  二人は足音を殺して移動し、岩陰に隠れる。通り道の様子を窺っていると、足音の人物はこちらに向かって来ているようだった。松明を灯しており、橙色の明かりが地面を照らす。  その者の炎に照らされた顔を見て、イロハはアッと声を出しそうになった。 (甲冑! それにあの額の疵、見たことがある! 九竜大名の傍にいた偉い郡代だよ!) (なんだってあの野郎がこんな場所に……)  郡代は入り組んだ洞窟内を歩き慣れたように進む。郡代がいるだけでも緊迫する出来事であったが、イロハとアクタはさらなる驚愕に襲われた。 「こちらです。大名」 「うむ、ご苦労」  次いで現れたのはなんと九竜大名だった。足元の悪い坑道だというのに、あろうことか丈の長い着物を着ている。九竜大名もまた、悪路などものともしないようにすいすいと進み、郡代とともに洞窟の奥に消えていった。  イロハとアクタは今しがた見たものが信じられないという風に顔を見合わせる。松明の油の匂いだけが、周囲に漂っていた。 「どうして郡代の長と九竜大名が、こんなところにいるんだろう?」 「さっぱり分からん。だが……」  アクタは大名たちが消えていった暗闇を睨みながら、鶴嘴の柄に手をかける。 「明らかに手薄だ。叩くなら今だな」 「ええっ⁉ 危ないよ! 今は止めよう!」  血気盛んなアクタに対して、イロハは消極的だった。それは冷静さによるものではなく、理解できない状況への怯えからくるものだった。 「こんなところにあんな手薄で! 明らかになにかおかしい! 今突撃しても、きっと返り討ちになる気がする!」 「しっかし、あいつらを見ただけで、俺の矢傷がうずくんだ!」 「落ち着いて! 今あいつらがここにいるということは、地上の戦力がそれだけ手薄になってるってことだよ。今の隙にここから出て鉱夫たちを解放できれば、楽に逃げられる———」  イロハの作戦を語る口が、急に閉じられる。  沈黙はアクタも同じだった。 「———おい、イロハ、これって———」  肝が据わっているアクタも、わずかに声を震わせる。顎に冷や汗が伝った。  二人の目の前には、それだけ異常な光景があった。 「———青い、光———」  イロハが呟く。  洞窟の奥からは、闇夜を裂く月光のような、青い光が漏れ出てきていた。
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