それはなかった事にしてください

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 家を出て30分足らずで帰ってきた私を見て、湊が怪訝な顔をする。 「巨峰、また持って帰って来たんだね」 「あ、お供えするの忘れた」 「お供え?」 「いやなんでもない。食べていいよ」  湊の手に巨峰を乗せ、重い足を引きずってゆっくり居間に向かう。  術が解けないとしたら、どうすればいいんだ。桐野は卒業まで毎日門倉を避けなければならないのだろうか。私が必死で警護しても隙は絶対にできる。前よりしつこく追いかけてくる門倉を交わすのは至難の業だし、接触して逃げ遅れてトラになった姿を誰かに見られたら取り返しがつかない。警察や猟師も出てくる騒ぎになる。捉えられて檻の中で2時間経って、真っ裸で聴衆の面前に晒される桐野の姿なんて、想像しただけで気が狂いそうになる。ああ、なんでこんなことになったんだ。私はただやられっぱなしの桐野を見てたくなかっただけなのに。桐野に強くなって欲しかっただけなのに。 「美羽」 「何よ」 「言葉がダダ洩れなんだけど、桐野って人がどうしたの」 「え。き、気のせいでしょ。なんも言ってないし」 「美羽最近おかしいよ。なんか悩みがあるなら俺、聞くよ。桐野って奴のせいなの?」  湊のこんな真剣な目を見たのは初めてかもしれない。別次元にいるかの如く姉には無関心だった弟が、いったいどうしたんだ。 「やだな、本当に何でもないって。人のことはいいから宿題やってきなさい」 「その桐野ってのはやめといたほうがいいよ。へなちょこなんだろ? 美羽には合わない」 「何よそれ、わけわかんない」 「弱い男はダメだよ」 「うるさいな、何なのいったい! 私のことに首突っ込まないでよマセガキ!」  大声で怒鳴ると、湊はものすごい眼力で私を睨みつけ、2階に上がっていった。巨峰をしっかり持って。  いったい何なんだ。面倒くさい。まじでむかつく。  食事時になっても、湊は部屋にこもったまま降りてこなかった。
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