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「ねえ、もう桐野に付きまとうのやめてくれる?」
私が精一杯の勇気を出して言った言葉を、門倉は全く無視した。殴られてないのに殴られた気分だった。
「ねえ、無視しないでくれる?」
「黙ってろクソが」
「はあ?」
カッと頭に血が上り、自制が効かなくなりそうだった。
「桐野はねぇ――」
「ここんとこ桐野がおかしいのはあんたのせいか」
血の底から唸るような声だ。鋭い視線が切りつけてくる。
何も言い返せなかった。確かにその通りではある。
「でも元はと言えば」
「どいつもこいつも……」
その先は続けず、ひと睨みして門倉は校門を出て行った。
緊張が解け、傍の木の陰にへたり込む。
元はと言えば門倉のせいじゃないか。
怒りだけが沸々と湧き続け、声を掛けられるまで脳内でずっと門倉に呪いの言葉を吐き続けていた。
「九条?」
はっと顔を上げる。門の横で桐野が私を見つめていた。
「いったいどこにいたのよ!」
なんで門倉に近づき手なんか握ったのか、あれから私がどれだけ心配して探したかを、門を出て歩きながら一気にまくし立てた。桐野は頭を掻きながら、体育館の裏にちょうどいい倉庫があってさ、と笑う。
「笑ってる場合?」
「心配かけてごめん。門倉に、ここ最近のことを謝りたくて」
「なんで絡まれてるあんたが謝るのよ」
「絡まれてるというのは、ちょっと違うかな」
「なにが違うの」
「あれは僕らのあいさつみたいなもので。僕は門倉が嫌いではないし、あれが彼流のコミュニケーションの取り方だと思えば結構毎回楽しい。楽しみすぎて彼を怒らせてしまう事もあるけど」
「桐野」
「他の生徒が門倉を怖がってるのは知ってる。確かに気分屋なところがあるし、手が出ることもある。でも僕を相手にしてもOKだと分かれば、他の人をむやみに脅かさないんじゃないかと思って」
「それって、ただの自己犠牲じゃない。門倉は私にも桐野にもクソって言ったよ。そんなこと言うやつのためになんで――」
「九条にクソは言いすぎだよね」
「笑うところじゃない!」
「ごめん、2人が話してるの想像したらちょっと楽しくて」
言った後、小さく息を吐いた。
「僕も混ざりたかったな。ここ数日は逃げ回ってばかりでしんどかったから。彼を傷つけてる認識もすごくあるし」
「だから、手なんか握ったの?」
「うん。しばらく近づけないかも、ごめんって。なんか感極まって」
「馬鹿じゃないの?」
僕もちょっとそう思う、と笑う桐野に本気でむかついて、私は足を速めた。マイペースで歩く桐野との距離は開き、そのうち見えなくなった。
馬鹿馬鹿しい。ひどい茶番だ
綾は私に見る目がないみたいなこと言ってたけど、やはり桐野はただの「お人好し」だった。あんなのただ門倉をつけ上がらせるだけだ。
結局私がしたことは何だったんだろう。
むなしい。歯がゆい。
バカみたいだ、私。
「思ってたんと違う、こんなはずじゃない……って顔してる、美羽」
はっとして、顔を上げる。
湊が、家の門の前にたたずみ、こっちを見ていた。
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