それはなかった事にしてください

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「桐野、元気ないね」  始業前。教室の窓際にたたずむ桐野を横目で見ながら、綾が私にささやく。 「そ、そうかな」  うん、わかってるからもう言わないでくれ。 「昨日の放課後、門倉に決別宣言でもしたのかな。ひと騒動あったじゃない。ちょっと意外だったな。桐野はそんな人じゃないと思ってたんだけど」 「ん?」 「門田とさぁ。つかず離れず、絶妙に交わしながら、いい感じでコミュニケーション取ってたと思うのよ。桐野が相手をし始めてから、門倉も問題起こさなくなったって1組の子言ってた。なんか、いいなあって思ってたんだけど……。やっぱりもう、面倒になったのかな」  殴られた気分だった。 「門倉は強そうに見えて、いつも中沢や森田を引き連れてるじゃん。本当のところ弱いのは門倉で、もしかしたら飄々としてる桐野に嫉妬してたりもしたのかも。時々桐野にウザがらみするのって、そのせいかなって。だからって桐野は自分からフレンドリーにしない。門倉がそういうの嫌がるのを知ってるんだろうね」 「綾、いつからそんなことに気づいてたの」 「二年の時からそんな気がしてたけど、特にここ最近、桐野が態度を変えてからかな。なんか考えがあるのかもしれないけど、どっちも辛そう。なんか、均衡が崩れちゃったようで……。え、ちょっと美羽、目が赤いけど、大丈夫?」  大丈夫ではなかった。私は自分が思ってるよりもっと重い罪を犯していたのかもしれない。 「どうしよう」 「なにが」 「ねえ綾、門倉はどうしてる? 昨日すごく怒ってたけど」 「来てるみたいだけど、今日はおとなしいよね。不気味なほど静か。なんか、また昔みたいに荒れなきゃいいけど」  じっとしていられない気分だったが、担任が入ってきたので席に着いた。  桐野を遠目に何度が確認したが、どこか沈んだ表情に、私は胸が押しつぶされそうだった。私はいままでいったい何を見てきたんだろう。  綾やほかの皆が見ている桐野は、私が感じてたヘタレの男じゃなかった。
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