それはなかった事にしてください

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 3時間目は3年合同の体力測定だった。体操服でグラウンドに向かう途中の桐野を捕まえて木陰に引っ張る。 「桐野、ごめん!」  きょとんとする桐野に私は簡潔に説明した。  私に怒って二度と口をきいてくれないかもしれない恐怖と戦いながら、必死で説明した。  嫌われても仕方がないんだ。それほどひどいことをしてしまった。  桐野はしばらく黙って私の話を聞いていたが、小さくうなづいて口を開いた。 「この一週間、僕が考えたどれよりも信ぴょう性がある。話してくれてありがとう」  あまりにあっさり信じてくれて逆に驚いたが、きっとこの恐ろしいほどの寛容さが桐野の本質なのだろう。 「私のこと殴ってもいいし絶交してもいい。でも責任は取るよ。ずっと門倉とニアミスしないように守る」 「九条に守ってもらえるって、なんかいいね」 「笑ってないで。本気だから」 「大丈夫。自分の身は自分で守れるよ。原因が分かったことで気が楽になったし。それより九条、悩んだろ、本当のことを話すの。何も改善しないなら黙っててもよかった。でもこうやって全部話してくれたことに、感謝してる」 「そんな」 「門倉に虐められてるように見えてしまったんなら、全部僕の責任だ。門倉にも悪いことした。あいつとは幼稚園の頃によく遊んでたんだ。親が離婚して引っ越して、再婚先でいろいろあって、今はこっちのおばあちゃんちに引き取られているらしい。誰にも舐められないように鎧つけて過ごしてるけど、それを僕がどうこう言うつもりはなかった。ただ、遊びたかったら来ればいいし、悪態つきたければ吐けばいい。自然体で付き合いたかった。門倉もそれを分かってくれていたんだと思う。でも、この体質になってからはそれもできなくて。一番辛かったのはそこかな。……あ、泣かなくていいから、九条」  そんなこと言ったって、涙が止まらない。地中深く埋まってしまいたかった。 「原因が分かれば、何とかなる。ニアミスが起こっても、また隠れればいいんだから」 「……一生?」  一生門倉から距離を取らなければならない。友だちなのに。  桐野が微笑む。  桐野が許してくれても、私が私を許せなかった。 「あ、門倉だ」  桐野の視線を辿ると、グラウンドの反対側のあすなろの下、どこで拾ってきたのか太い木の棒をバットにして小石を打っていた。傍で中沢と森田がおとなしく座っている。 「今朝は目が合ったけど、スルーされた。昨日はあれだけ怒ってたのにな」桐野が言う。  いてもたってもいられなくて、私は走り出した。 「九条?」 「私、話してくる。桐野は来ないでよ!」  何ともならないけど、何とかしなきゃ。自分が嫌すぎて死んでしまいそうだった。
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