それはなかった事にしてください

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 グラウンドから外には出られないので皆校舎の方に走っていく。校舎の裏は山だが、今までクマが出たことはなかった。そんなの遠い地方の話だと思っていた。  クマは私たちと校舎の間にある鉄棒の下でうずくまったため、クマよりこっち側にいる生徒は動くに動けない。私はまだこの状況が把握できず固まっていたが、横にいる門倉は楽しそうに笑い出した。 「子グマ一匹にヘタレどもが大騒ぎか。あほくさ。あんなチビ、俺が一発で仕留めてやるよ」と、棒切れを振り回す。 「やめた方がいいっすよ、クマはやばいですって!」中沢と森田も涙声だ。 「何ビビってんだよ」  けれど直後、校舎側に逃げたはずの数人が、再び絶叫しながらグラウンドに戻ってきた。その後ろを追いかけてきたのは、最初の倍以上はありそうなクマだった。 「親グマ来やがった」  門倉の声が引きつった。  親グマはゆっくり子グマに近づいていく。自分と子グマの間付近にいる生徒が背を向けて走り出すと、急にクオ~っと甲高い声を上げ、威嚇するそぶりをする。親も子を守るために必死なのだ。 『グラウンドにクマが2頭侵入しました。グラウンドにいる皆さん、決して背を向けて走らないように、落ち着いてください。すぐに救援が来ます』  教頭の声がスピーカーから聞こえてきたが、グラウンドに閉じ込められた私たち含め10人ほどの生徒はとても落ち着いてなどいられない。そのまま10分ほど膠着状態が続いたが、子グマが動くたびに親グマも動き、あちこちから悲鳴が上がる。 「子グマが足をちょっと引きずってる。どこかで怪我したんだな。だから親も気が立ってる」  すぐ傍で、桐野の声がした。  グラウンドの端にいたはずなのに、いつの間にかこっちに来ていた。 「桐野、子グマが見えた段階で先に逃げればよかったのに」 「九条たちを残して逃げるとかありえない」  いつものトーンで言うから、逆に戸惑う。 「お~、弱虫桐ちゃん、かっこいいねえ。俺たち雑魚のことも心配してくれたんだ」門倉が中沢と森田の肩を引き寄せ、笑う。 「当り前だよ。門倉たちも大事な友達だ」 「は? 俺から逃げ回ってたヘタレ野郎が」 「だから違うってば、それは私が――」 「悪かった。もう逃げたりしない」  一瞬、心臓が掴まれたように痛んだ。 「桐野、待って!」  嫌な予感が当たった。桐野がすいと私を交わし、門倉の手をぐっと握ったのだ。
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