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カーテン越しの黄昏の色はどんどんくすんできたが、至近距離で見るトラは、とても美しかった。中身が桐野だと分かれば、もう怖さはない。彼とは家も近所だし、小学校からずっと同じクラスだった。
小さい頃は互いを蒼汰、美羽と呼んでいたが、中学になって少し距離が出て、桐野、九条と呼ぶようになった。桐野はとにかくいつもマイペースで穏やか。男子と騒ぐこともほとんどなく、ひとりでいることが多かった。「桐野の特技は存在感を消すことだ」と、小学校のころはよくからかわれていた。
肉食獣で最強のトラとは対極の、雨に当たるだけで消えてしまうのでは、と心配になる男子だ。
「どういうことなのか、説明してもらってもいい? なんで桐野は今、トラなの」
トラは、いや桐野はじっと私を見つめ、少し首を傾げたあと、口角をグインと上げた。
「なんで笑うの」
「あ、笑ったのわかるんだ。いや、こんな時でも九条はいつもと同じだなと思って。ちゃんと信じてくれるし、話を聞いてくれる。ほかの人なら今頃パニックだと思う。トラが目の前にいるんだから」
「そういうとこ桐野だよね。私の反応見て笑ってる場合なの?」
「ああ、まあそう言われれば」
桐野はきちんと座りなおして、事の次第を話し始めた。
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