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「桐野!」私は叫び、門倉は驚いてその手を振り払った。「ふざけんな!」
「ほら、あっち見て」けれど桐野は落ち着いた声で校舎の陰を指さす。
「猟銃を持った人がたくさん。近隣の猟師かな。ここで撃てっこないのに。子グマがいるから親グマは気が立ってる。発砲して掠りでもしたら暴れて生徒が危険だ」
「だから何よ。自分が犠牲になるわけ?」私は叫んでいた。「頭おかしいよ!」
「ここ最近で一番いいアイデアだと思ったんだけど」桐野は真顔で言う。
「おい、いったい何の話してんだよお前ら」
「ごめん、あと30秒でわかる」
「でもどうする気なの。桐野が撃たれるよ」
「大丈夫でしょ、走るし、生徒がいる前で撃てやしない」
「でも」
「森に追い返すだけだよ、心配いらない」
「でも」安心材料なんて何一つない。
「おいお前ら、いったい何の話を――、え」
変身が始まった。
手慣れた様子で桐野はジャージを脱ぎ捨てた。信じられないほどそれはあっという間だった。細い肢体は黄色に黒縞の鮮やかな毛皮に包まれ、みるみる膨張していく。やがて30メートル先にいる親グマよりも一回り大きい筋肉隆々の獣が私たちの目の前に現れた。
門倉も取り巻き二人もその場にへたり込んで黙り込む。
相反し、こちらの異変に気が付いた生徒たちが次々と悲鳴を上げはじめた。猟師たちのどよめきも聞こえる。
「肉食動物でトラが一番強い獣だそうだから安心して。クマたちを山奥に追い返してくるよ。運がよかったら、またあとで」
目に鮮やかな美しい獣はそう言ってしなやかに跳躍した。クマたちは初めて見るトラにおののき、追われるままに一目散に走り出した。
「運がよかったらって」
冗談がきつすぎる。
校舎の裏の山に走っていく3頭の獣を猟銃を抱えた猟師たちが追うのが見えた。トランシーバーでせわしなく叫んでいる。どうなってるんだトラも出た、と。
私も全速力で追った。
クマを無事山に追い込んだとして、2時間のあいだ桐野はトラの姿だ。こんなの撃たれるに決まってる。冗談じゃない。
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