それはなかった事にしてください

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 裏山に通じる坂道はあっという間にバリケードが巡らされていた。周囲は警察も来ていて、厳重な警備態勢だ。だけどそんなこと関係ない。 「九条……、これっていったい何なんだ」  追いかけてきた門倉が聞いてくる。 「これが真実なの。ごめんね。私、桐野を連れて帰ってくる」 「は? おいこらちょっと待て」  バリケードに向かおうとした私を門倉の声が止める。ぐいっと引っ張られた手の強さに、振り返って怒鳴ろうとしたが、そこにいたのは弟の湊だった。 「あんた何してんのよ!」 「あんなヘタレ放っとけよ」 「は? ヘタレって桐野のこと? あいつみたいに強い奴がこの世のどこにいるのよ。今それどころじゃないから放して!」  手を振り払おうとしたとたん、湊が笑った。 「なんだよ、言ってることが前と違う」  何を言ってるんだこいつ。  怒りに打ち震えている私に、湊は個包装のクッキーを一枚かざして言った。 「周りがビビる姿にしてくれって言ったくせに」  一瞬呼吸ができなくなった。 ――「こんなはずじゃない……って顔してる、美羽」 ――「その桐野ってのはやめといたほうがいいよ。弱虫なんだろ? 美羽には合わない」 ――「え、湊は宿泊施設で勉強会のはずだよ?」   「あんた……」  湊は笑った。 「久しぶりに来たと思ったら別の男の願い事するからさ。……ごめん、悪戯が過ぎた。もう終わりにする」 「――影丸」 「1時間ほどしたら、この山の裏手にある公園で、あいつの服持って待ってて。あ、それから」  俺のこと、嫌いにならないでね。  そういって湊に化けた影丸は山に駆け込んでいったが、一瞬のうちにその姿は、一匹の鋼色の狸に変わっていた。
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