それはなかった事にしてください

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 始まりは一週間ほど前だったらしい。  いつものように登校して門をくぐったところで、ちょうど門倉とその取り巻きの中沢、森田の3人に出くわしたという。  この門倉というのは「俺様がルールブック、皆俺様にひれ伏せ」系の不良で、全教員を見下し、気に食わない弱い者は陰湿にいじり倒す厄介な生徒だ。  態度のでかさからよく上級生と揉め、顔に痣をつくっていることも多かった。生徒指導の教師に怒鳴られているのも何度も見たが、悪びれる素振りもない。授業妨害された若い教師が病んで、休職したのも知っている。  そんな問題児門倉に去年あたりからずっと目を付けられているのが、桐野なのだ。 『桐野が門倉に目を付けられている』というのはたぶん教師も同級生もみな知っていた。けれど誰もそこに救いの手を出そうとしないし、出す必要も感じていなかった。なぜなら桐野は、スーパースルースキルを身につけていたからだ。門倉たちが因縁をつけてきても、足を引っかけてきても、「門倉君ほんとごめん、見えなくて僕ふんじゃったかも」といった感じでナチュラルに交わすのを何度も目撃されている。  桐野は自分が標的だという事実を受け止めるのを拒否しているか、気づいていないかのどちらかだと私は踏んでいる。反応の薄い標的は、絡む方も飽きてしまうと聞いたことがあるので、最良の方法だと思うのに、なぜか門倉はあきらめない。あの手この手で桐野に絡み続けている。  だから「一週間前の朝、校門で出合い頭にカバンで腕を小突かれた」のなんて、いつもの光景ではあった。    でも「その朝は、いつもと違ったんだ」と桐野は言う。 「門倉の態度が?」 「いや、僕の体が」  門倉を見ているだけで体中の細胞がざわざわするような感覚になり、立っていられなくなった。最初は保健室に行こうと思って走ったが、手から黄色と黒の毛が伸びてきてこれは普通じゃないと思い、とっさの判断でいつも無人の理科準備室に飛び込んだ。すぐに制服を脱いだのは正解で、そのあと爆発的に体は形状変化し、1分足らずで完全体のトラになったんだ……と、桐野は淡々と話してくれた。
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