それはなかった事にしてください

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 その後、昼休みにも門倉は2組を覗きに来たが、廊下を見張っていた私はすぐに桐野を引っ張り、掃除用具ロッカーに押し込んで戸を閉めた。細い奴でよかった。すんなり収まる。 「桐ちゃ~ん、いないの~」  ずかずかと入ってきた門倉たちが教室を見回す。  私が桐野をロッカーに隠すのを目撃したクラスメイトはいたが、目をそらして沈黙してくれた。  友よ。 「あ、桐野は早退したんだっけ。お父さんの具合悪いのかな」  誰にともなく私が言うと、門倉は舌打ちし、近くにあった机を蹴り飛ばして出て行った。 「美羽、今日は桐野と何か連携してる?」  仲のいい綾がいぶかし気に聞いてくる。私の挙動不審っぷりは周りに気づかれているらしい。教室にいた皆がこっちを見た。 「いや、桐野が今日具合悪そうだったからさ……」  言い訳へたくそ過ぎる、と自分に突っ込んだが、意外なことに皆がうなづいた。 「そうか。うん。そういう日もあるよね」  綾に肩を叩かれた。  なんだ、けっこう桐野って皆に気にかけられてるんだ。私が気づいていないだけで。 「美羽は小学校から桐野君と一緒だったんだよね。彼って小さい時からああなの?」  ああなの、とは弱いとか頼りないとか影が薄いとかいうやつだろうか。 「そう、昔からあんな感じで――」  その時、カチャリと桐野がロッカーから出てきて、私に感謝の目くばせをした。みんなどこか温かい雰囲気でそれを見つめ、各々席に着く。 「なんかいいよね、桐野君て」  サラッと言って綾も席に着いた。いいよねってなんだ。  すぐに5時限目がはじまったので、その真意を聞くことはできなかった。  大した意味はないのかもしれないが、やけに気になる。  奴が弱すぎてイライラしてるのは私だけで、あれはあれで、けっこう女子に好まれているという事だろうか。巷では人畜無害で熱量の少ない男が人気だという話も聞くし。そういえば桐野を見る女子たちの目は、いつも何気に穏やかだ。  桐野はモテるのか? 草食系だから? そうなのか?  私の胸の中のモヤモヤは増大していった。  桐野はあのままでいいのだろうか。  あの弱いままで?  門倉にやられっぱなしの中学校生活でいいだって? それはどうなんだ。いやいいはずない。不良に抵抗するくらいの強さは持ってほしい。持つべきだ。  ――あれ。この感情は。  祠に願った夜と一緒だ。桐野が強くなりますようにと。  私のせいで桐野はトラになるまじないをかけられた。桐野に一番迷惑をかけているのは門倉よりも私だと、昨日反省したばかりなのに。気持ちが昂ると、結局いつもこういう思考に流れていく。  落ち着かなければ。  
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