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私の生家は醤油蔵だった。母方の実家であるこの家では、何代目かの跡取りに当たる母の代に、男子が生まれなかった。
現代の常識で照らせば、何代も続いていれば、当然そんな事もあると言う程度の話なのだろうが、当時はまだそんな世の中でもなく、況してや田舎の旧家は余計にそう言う事には敏感だった。
祖母は、高松の和菓子屋の三女で、所謂お嬢様だったが、気丈な人で、田舎の醤油蔵の嫁として、真っ黒になって下働きも厭わなかったそうだが、後継ぎの問題で里へ返されそうになり、直前に首を括った。
祖父は後添えを娶る事はせず、三人の娘を育て、長女である母が職人であった父を婿養子に迎える事になる。
父は、姫路の出身だったが、大学時代にブラっと軽いノリで出掛けた四国お遍路旅の途中で、この村に流れ着き、当家の水にも合ったらしく、職人としてそのまま居着く事となった。
そのまま大学を中退した父だったが、姫路の実家は武家であって、こちらもまた昔気質と言うのか、男子だとか世継ぎだとかに拘る家だ。
再三再四、戦争で独り残った子であった父に帰るように便りを寄越すが、父は一向にその気はない。
突然の『婿養子に入りますので悪しからず』と言う一方的な便りに、怒り狂った祖父が怒鳴り込んできたが、心臓に持病のあった祖父は、その場で倒れ、還らぬ人となった。
二年後には姫路の祖母も亡くなり、武家で資産家であった父の実家の遺産は、父が丸ごと相続する。
それでも父は、あいも変わらず棟梁として、醤油蔵を切り盛りした。
そして、父母もまた、娘の私一人を置いて他には子宝に恵まれなかった。
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