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母と夫と三人、醤油蔵のあった実家で暮らすようになってからも、毎朝、蔵の横の祠にはお水とご飯をお供えする。
醤油を造らなくなっても欠かした事はない。
信二は、高校を卒業して、醤油の醸造メーカーへ就職した。
そして、満を持してこの春から、この家で醤油蔵を復活させると意気込んでいる。
誰が許可したのか、そう、夫だ。
村の為になるならと、村興しの力になれるならと、他でもない余所者の夫が、信二の頼みを快く受け入れたのだ。
今朝、いつものように、祠へ行くと、蔵の格子窓の間から中が見えた。
何かが吊り下がっている。何だろう?
─ 赤い? 黒い? ─
視線をずらすと人が居た。ギョッとした。
「信ちゃん?! あ、あんた! 何やりょん? こんな時間から? 」
声を掛けずにはいられなかった。異様に荒い鼻息で立ち竦む信二の姿は、とても尋常だとは思えなかった。
「あぁ、幸姉、脅かしてごめん。いや、今年は家が頭屋やけん、祭りの用意で遅うなってもうて、何か気が立って寝れんもんやから、醤油蔵の様子でも見とこう思て」
「ちょっと、もう、びっくりさせんといてよぉ。ちゃんと戸締まりしといてよ。タバコ吸わんのよ」
蔵が燃えたら何にもならない。村興しが台無しだ。
そのまま、何事も無かったように立ち去る。
無心で朝食を貪る。生きる為に。
本当に何も無かったのだろうか?
信二は、本当に、蔵の様子を見に来ただけだったのだろうか?
私は知っていたのに。その時既に、夫の姿が無かったことを。
早朝から、寝床に夫が居なかった事を。
母だって知っていただろうに。
何も言わなかったけれど。
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