みどり(アナザーヴァージョン)

11/103
前へ
/103ページ
次へ
第十一章 みどり探し 楢本光男の「みどり探し」はそれから始まった。しかし、それは始まった当初から困難を極めた。勿論、元妻にみどりの所在を尋ねることは出来なかった。それは意地もあったが、実際に尋ねてみても、彼女が答えるはずがなかった。 そこで岡山の何人かの知り合いに、みどりの行方を電話で聞いてみたのだが、それを知る者は誰もいなかった。結果、みどりの養子の件は、元妻が誰にも相談せずに強行したものだということを知った。 次に楢本はみどりの戸籍を調べてみることにした。そこにみどりの養子の記載があると考えたからだった。しかし、みどりという名前はどこにも見当たらなかった。第一、娘の名前は妻の戸籍に記載されたままだった。娘に子どもが生まれたのだから、娘は元妻の戸籍から別になって、娘が戸籍の筆頭者になっているはずだった。それがそうではなく、依然娘が元妻の戸籍に「娘」として表示されていた。そしてそれは、戸籍上は娘がみどりを生んだ事実がなかったということであり、娘の子として出生の届出がされずに、みどりはどこかへもらわれて行ったということを示していた。楢本がみどりの養子先を調べるにも、みどりの戸籍への記載が見つからなければどうしようもなかった。結局楢本は、この方法でみどりを探すことを断念した。 それから楢本は、いっそのこと探偵を使って調べてみようかと考えた。探偵とはこういう時の為にこそ存在するものだと楢本は認識していたからだった。しかし、どうもそういう輩は信用できなかったので、その方法を採ることはしなかった。 そこで楢本は、最後にある方法に辿り着いた。それは「みどり」という子を尾行するということだった。何かのきっかけで、みどりと同じくらいの年頃の「みどり」という女の子に出くわしたら、その後を追い掛けて、そしてその子が孫のみどりかどうかを確認するという方法だった。この方法はかなり突飛で、しかも労力を必要とするものだということはわかっていた。しかし、今の楢本にはこの方法しか思いつかなかった。とにかく何でもいいから、みどりを追い掛けていたかった。追い掛けていれば、それで安心だった。 その日、楢本は、ある住宅街を歩いていた。平日には出来ない「みどり探し」を、休日を利用して進めていた。まずは自分の住んでいる場所から始めようと思い、近所を散歩がてら、「みどり」を探していた。 すると小さな女の子の手を引いた若い母親が、楢本の脇を通り過ぎて行った。楢本は、可愛い子だなと思った。年の頃はいくつくらいだろうかと思った。一歳、おそらく一歳前後であることは間違いないと思った。その女の子はどこかしら、写真のみどりに似た雰囲気を楢本に感じさせた。だから、二人とすれ違って少し距離が離れたところで、楢本はその女の子を振り返っていた。その時だった。楢本はまたあの名前を耳にした。 「みどりちゃん、寒くない?」 その母親は、その小さな女の子にそう声を掛けた。 「みどり」 楢本はその名前に思わず反応した。そして楢本は、今回はどうだろうかと思った。楢本は、今まで幾度となく、「みどり」に遭遇して来た。しかし、そのどれもが、楢本のみどりではなかったからだ。楢本はいつしか、その親子を追い掛けていた。親子は近くの公園に入って行った。そこはその子と同じくらいの年頃の子が集う公園だった。そこでは大勢の母子が楽しそうに遊戯器具で遊んでいた。楢本はその公園の入り口で、先ほどの親子を待った。彼らがそこで十分に遊んで、日が暮れる前に帰宅するところをつければいいと考えていた。寒空の下、楢本はその親子を見失わないようにと、公園の外から、じっと彼らを見つめていた。すると、暫くして、突然楢本は後ろから声を掛けられた。振り返ると、二人の警察官が立っていた。 「不審者がいるという通報がありました」 それは、公園にいる母親の誰かが携帯電話で警察に楢本のことを通報したのだった。 「不審者って、俺のこと?」 楢本はその警官に少しおどけて言った。 「他にはいないようですね」 その警官は公園の親子達を見渡して、そう答えた。公園で今まで楽しそうに遊んでいた子ども達が、警官の姿を見つけると、不安そうな顔をして楢本を見ていた。それから楢本は近くの警察署に同行を求められた。楢本は特にやましいこともなかったので、それを承諾した。しかし、事態は楢本が想像していたよりもずっと深刻だった。折しも、その近くで幼児が不審者に誘拐されそうになった事件があり、楢本はその不審者ではないかと、じっくり取り調べを受けることになったからだ。そして、この警察沙汰が会社の知れるところとなり、結果楢本は長年勤めた会社を辞めるはめになってしまった。 しかし、それからの楢本は自由だった。仕事の合間に行っていた「みどり探し」を、これからは「みどり探し」の合間に仕事をする形に出来た。それで楢本は夜の街で働いた。夜の街で生活の糧を得ながら、そして昼の街では生きる糧の「みどり」を探していた。 またこの生活スタイルは、「みどり探し」の範囲を拡大して行くのにも便利だった。その場所で「みどり」を調べ尽くすと、そこを離れて別の場所で同じことを繰り返す生活を送っていた。それには気安く働けて、そして気安く辞められる夜の商売が最適だった。 楢本は、最初にストーカーの疑いがかけられた時には、うまく対応ができなくて散々な目に遭ったが、次々と不審者の嫌疑を掛けられるに連れて、寧ろ警察に通報された方が、「みどり探し」には都合がいいことがわかって来た。 それは、警察が関与してくることで、それまで楢本の質問をまったく無視していた、その「みどり」の両親が、娘と自分達との本当の関係を簡単に白状することになったからである。 「この人、ずっと私達をつけまわして、そして娘さんは本当のお子さんなんですか? 養子ではないんですか? て、しつこく聞いて来るんですよ」 「それで、お子さんは養子なんですか?」 「そんなことあるわけないじゃないですか? この鼻を見て下さいよ。私にそっくりだから」 だから楢本はこの方法を止められなかった。何度警察の厄介になっても、この方法を続けていた。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加