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プロローグ:東京駅ダンジョン1999
日曜日の東京駅は、うんざりするほどの人、人、人だった。
自分もその「うんざりするほどの人」のうちの一人なのだから、文句を言えるような立場ではないのだけれど、それにしても。
(あああ、暑い)
夏って、こんなに暑かったっけ。人が多いからか、あるいはここが東京だからか。田舎の夏は、こんなに暑くはなかったような気がする。アスファルトの照り返しのせいかもしれない。
しかし、アスファルトで覆い尽くされた道路、コンクリート・ジャングルに憧れて上京したのは、ほかでもない自分だ。
必死で勉強して親を説得し、東京の大学に通い始めたのが今年の春。初めこそ、東京はどこもかしこも刺激的で、都会の暮らしに慣れるだけで精一杯だった。大学に通いながらアルバイトをして生活費を稼ぎ、勧誘を断れなくて入ったフォークソングサークルに顔を出し……。
「きみ、音楽のセンスあるよ。私のお下がりでよかったらギターあげるから、弾いてみない?」
先輩からそう話し掛けられたときは、天にも昇る思いだった。穂澄先輩。美人で優しくて、オシャレで歌が上手い。サークル内の全男どもが隣を狙っていると言っても過言ではない、憧れの先輩が――えっ、俺にギターをくれる? 先輩が弾いたギターを、俺が弾く?
「良かったら、色々教えるから……どう?」
穂澄先輩の「どう?」が、やけに色っぽく聞こえたのは、俺にやましい心があったからだろうか。俺は熱に浮かされたようになって、無言でこくこくと頷くしかなかった。
そして、今に至る。
先輩がギターをくれるというので、東京駅で待ち合わせをしている。わざわざ東京駅まで出るのは面倒ではあったけれど、「ついでに駅でお昼食べていかない?」と誘われて、断る方がおかしい。
正直に言えば、駅の飲食店で食事をすることも、お財布事情的にかなり厳しいものがあったけれど、それでも先輩の誘いは断れない。断りたくない。
(穂澄先輩、ほんとにギターくれるだけなのか? そもそも、何で俺に? 音楽センスあるからって、あれ本気で言ってんのか? もしかして、俺に気があって……いやいや、俺みたいなちんちくりんの新入生を、あの穂澄先輩が気に入るなんて、そんなわけあるか。落ち着け、落ち着け……)
そわそわしながら腕時計を確認する。もうすぐ待ち合わせの時間――正午だ。
秒針がゆっくりと6を過ぎ、9を過ぎ、12を過ぎて、そして――
ずしん、と揺れた。建物が、地面が、世界が。
駅にいたたくさんの人たちが、ざわめき、小さな悲鳴を上げながら周囲を見回す。地震か?それにしては、揺れが一瞬過ぎたような気がするけど。
ずしん。また揺れた。間を置かずに今度は二度、ずしんずしんと揺れた。壁にひびが入り、欠けた天井の一部が落ちてくる。
「地震だ! 逃げろ!」
雑踏の中で誰かが叫び、人々が反射的に走り出した――その瞬間、さっきまでの揺れとは比べ物にならないほど大きな揺れが、東京駅を襲った。
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