春の嵐、再び

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 暗転した視界が明瞭になった瞬間、俺の全身を痛みが襲った。  打ち身の痛みなんかじゃない。皮膚の上を電流が走っているような、強烈な痛み。 「ぐあっ、ああああ、なん、っだ、これ……!」  混乱する頭で、なんとか状況を整理する。ここはどうやら、旧校舎の使い古された教室の中。つまり、ダンジョンの中だ。  俺のスキル、アンチ・ダンジョンのせいで、俺はダンジョンに嫌われている。  ダンジョンに足を踏み入れると、一瞬だけ電流のような痛みが走り、俺はダンジョンの外に強制転送される――はずだ。  そのはずなのに、この状況は何だ? 「がああ、あ、何で……!」  ダンジョンの外に放り出される気配がまるでない。それなのに、ダンジョンからの拒絶は続く。激痛が全身を襲う。  痛みにあえぎ、床にうずくまりながら、左右に視線をやる。と、右腕に特徴的な楔型の模様がついていることに気が付いた。 「どうだ? 土日で習得した新しいスキル:固定【B】だ」  頭の上から降って来た、勝ち誇ったような声。 「国木……!」  顔を上げるまでもなく、声の正体は明白だ。国木はげらげら笑いながら、スキルの説明をしてくれる。  スキル:固定は、目的の物体をある一点から動かないように出来る能力だ。本来は、不安定な足場を固定するためなんかに使われる。  国木は、んだ。  取り巻きの一人が、転送魔法で俺をダンジョン内に転送し、ダンジョンが俺を追い出す前に、俺に固定スキルを使ったらしい。  おかげで俺はこの座標に固定され、俺を追い出そうとするダンジョンの猛攻を受けているというわけだ。 「いやー、お前ってほんと、ダンジョンに嫌われてんのな。やべえじゃん、いてえの?」 「見りゃ……分かる、だろっ!」 「あーごめんごめん、めちゃくちゃ痛そうだな。かわいそうになー」 「つーか、お前……っ」  基本的に、魔法やスキルといった概念は、ダンジョンの内部のみで有効となる。ダンジョン外での魔法やスキルの使用は、原則不可能だ。  それなのに、こいつの取り巻きがダンジョン外で転送魔法が使えたということは…… 「お前、どっかから魔石……っ! 持ち出しただろ!」  魔石があれば、魔石の質と大きさに応じたスキル・魔法が使用可能となる。ただしそれは国家による取り締まりの対象であり、いち学生が鬱憤を晴らすためだけに使えるようなものではない。 「あ、ばれたー? さすがは優秀な受付クンだなあ。郊外にある、人が少なくてしょぼいダンジョンが狙い目だぜ」  こいつ、最悪だ。もしバレても、実際に魔石を不正使用したのは取り巻きだから、こいつ自身は直接罪に問われることはない。こいつのことだから、不正持ち出しも取り巻き連中にさせてるかもしれない。 「お前……っもう一発、ぶん殴って、やる……っ!」 「おーこわ。殴られる前に退散しよー」  ……は?  こいつまさか、俺をここに固定したまま、置いていくつもりか? 「おい、おい待てって! 固定、解除してから……っ!」 「知ーらね。まあ、俺がダンジョンから出たら解除されると思うし、そしたら強制的に追い出されるんだろ?」  国木がダンジョンから出るまで、ここで激痛に耐えてろっていうのか? いや、それ以前に、ここはダンジョンだぞ。モンスターが来たら、俺は戦えない。  こいつ、本気で俺を殺す気なのか。 「くそっ! くそ……っ! やばい……どうすればいい……っ! この状況を打破するために、何か出来ることはないのか……!」  呻きながらそう呟いた瞬間、目の前に文字が現れた。 『基礎ステータス:体力【C】、筋力【C】、速度【D】、知力【C】、精神【B】  所持スキル:アンチ・ダンジョン【SSS】、自己分析【D】、地図作成【C】、状態共有【C】  状態:アンチ・ダンジョン【SSS】、固定【B】』 「は? なに、お前ステータスとか見れんの?」  さっきまで楽しそうだった国木が、一転して不機嫌な声を出す。 「あーなるほど、ダンジョン童貞だったから自分のステータス見たことなかったってだけで? ステータス自体はお前も持ってんのか。ふーん、でもどうせしょっぼいステータスだろ?」  国木の嫌味は無視して、考える。今の俺が、この状況を打開出来る方法。  俺のスキルは、アンチ・ダンジョンに自己分析、地図作成、状態共有。  自己分析ってのは、こうしてステータスを見ることが出来る能力だろうか。地図作成は、名前の通りっぽい。じゃあ、状態共有って何だ?  状態共有、という単語に集中すると、ステータスが現れたのと同じように、目の前に文字が浮かぶ。 『状態共有【C】:一度でも皮膚接触をしたことのあるもので、かつ自分の半径5メートル以内に存在するものを対象として、最大で24時間、現在自分が保持している状態を共有させることが出来る。スキルを発動した瞬間、その対象についての皮膚接触判定はリセットされる』  なるほど。  ……なるほど。  だったら、俺がやるべきことは、ただひとつ。 「てめえ道連れだ、国木っ!」  叫ぶと共に、右手を上げて国木に向ける。 ――状態共有【C】発動―― ――対象:国木直久:条件クリア―― ――共有:アンチ・ダンジョン【B】、固定【B】――  国木が、その場にガクンと膝をついた。痛みに悶え、訳が分からないうちに床に転がる。喚きながら俺を罵倒しようとしているらしいが、激痛のためかろくに言葉にもなっていない。  ざまあみろ。何て言ってるかは全然分かんねーけど、何が起こっているかはよく分かる。  今の国木は、俺の保持している状態――アンチ・ダンジョン【SSS】と固定【B】を共有している。  アンチ・ダンジョンの効果によってダンジョンからの猛烈な排除の力を受けながらも、座標固定効果によってその場から動けない。全身に激痛が走っているはずだ。  ……俺もだけど。 「どう、だ……痛え、だろ? 俺もめちゃくちゃ、痛え……っ」 「お前っ、馬鹿じゃねえのか! さっさと何とか、しやがれ!」 「だったら固定を、解除しろ……っ!」  国木はまた、何事か喚いた。しかし、固定スキルを解除するつもりはないらしい。  こうなったら俺も国木も、意地の張り合いだ。  不毛な我慢合戦が続く……かと思いきや、  そんな余裕はなかった。  突然、空気が変わった。ぞわり、と背筋が泡立つ。生臭い風がどろりと漂って、俺たちにまとわりつく。  国木が青ざめる。その表情は、俺に対する憎しみから、単純な「恐怖」に塗り潰されていく。その視線の先には……  ――モンスターだ。毛深い狼のような姿に、刃のような長く鋭い牙が光る。ブレードファング。  よりにもよって、このダンジョンで一番強いモンスターが来やがった。
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