ダンジョンへのいざない

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ダンジョンへのいざない

 ようやくダンジョンから脱出したときには、とっくに夜になっていた。  ダンジョンの外には吉野さんと、異空間管理庁や学校関係者と思しき大人たちがたくさん集まっていた。どうやら大ごとになっていたらしい。  国木が固定スキルを解除したため、俺はアンチ・ダンジョンの効果によってダンジョン入り口まで放り出され、俺の状態を共有していた国木も、同時に同じ場所へと転送された。  ダンジョン入り口で呆然としている俺たちに、「お前たちっ!」と怒号が飛ぶ。クラス担任の飯田だ。 「お前たち、大変なことをしでかしてくれたな! 何があったのか、詳しく聞かせてもらうぞ!」  これは何としてでも国木よりも先に口を開き、奴に出鱈目な主張をさせないようにしなければならない。  そう思って事態の説明をしようとしたが、俺よりも先に「私が説明します」と主張した声があった。  悠々とした足取りで、ダンジョンから出てきた少女。彼女が手を上げて、「私、だいたい分かりますから」と自信満々に言う。 「先週、こっちの人が」  少女が、国木を指差す。 「弦食先輩を殴っているところに出くわしました。集団でですよ。ひどいと思いません? それで私、弦食先輩を助けたんですけど……いじめ足りなかったんじゃないですかね。だから、無理やりダンジョンの中に連れ込んで、モンスターに襲わせようとしたんですよ。どうです? だいたい合ってるでしょう?」  改めて言葉にすると幼稚極まりないが、だいたい合っている。  この機を逃すまいと、俺はよろよろと立ち上がって、「そうです」と少女の説明を補強する。 「俺はアンチ・ダンジョンのせいでダンジョン内には入れないんですが、転送魔法によってダンジョン内へ連れて行かれて、国木の固定スキルでダンジョン内の座標に固定されました。そのせいで身動きが取れなくて……中で、ブレードファングに襲われました」 「何だって!」  飯田が青ざめる。 「国木、本当なのか?」 「ち、ちが……あいつ! あいつだって俺にスキルを使って……俺だって動けなかったんです!」 「お前が先に固定スキルを使ったからだろうが!」 「はあ? うるせーんだよ万年受付係のくせによ!」  分かってはいたけど、こいつ全く反省してねえ。  あのまま、あの子が助けに来なければ、一体どうなっていたのか。そんな簡単なことを、想像することすら出来ないのか? それとも、喉元過ぎれば何とやらか。どっちにしろ、ろくでもねえ。  言い合いをし始めた俺たちを見て、飯田はおろおろするばかりだ。  そんな頼りにならない担任を押しのけて、俺たちに近寄って来たのは吉野さんだった。 「失礼。異空間管理庁の吉野だ。詳しい話は個別に聞くとして……言っておくが、国木くん」  吉野さんが、その筋の人なのではないかと思うほど迫力のある目つきで、国木を睨む。 「君に命じられて魔石を不正に持ち出し、使用したこと、君のお友達が話してくれたよ。それを念頭に置いて、正直に話してくれたまえ」 「は? あいつら喋ったのかよ……はあーあ、最悪。はいはいそうです、俺が悪いですー」  開き直った国木は、不貞腐れた態度で吉野さんを睨み返す。 「説教なら短めにしてくんね? 何言われるかなんてだいたい想像つくし。つーかさ、あんたら大人と違って、俺らって生まれたときからダンジョンがある世界で生きてきた、ダンジョン世代だからさ。ダンジョンは危ないですうーとか言って、いちいち細かいルールとか守ってられないわけ。分かる?」 「……そうかね」  吉野さんが低い声で言った。大股で国木に近付き、至近距離から彼を見下ろす。国木も身長は高い方だけど、吉野さんはもっとでかい。 「では、国木くんには異空間管理庁の、特別更生プログラムを受けてもらうとしよう」 「と、特別更生……?」 「君は自分たちを『ダンジョン世代』だと言ったね? 確かに我々大人と君たちとでは、その認識に大きな差があるようだ。よって君には我々が体験した1999を、少々味わってもらう」  ごくり、と国木が生唾を呑み込んだ。生意気な態度もいつの間にか引っ込み、額には脂汗が浮かんでいる。それくらい、吉野さんの目は昏く冷たかった。 「なに、我々とて国家機関だ。未成年の命を危険にさらすような真似はしないさ」  どこか白々しくそう言った吉野さんの手から、異空間管理庁の職員たちへ、国木は引き渡されていった。  特別更生プログラムとやらは、恐らく1日やそこらで終えられるようなものではないだろう。  これでしばらくは、鬱陶しい国木から解放されるというわけだ。 「弦食くん、災難だったね」  国木の引き渡しを終えた吉野さんが、いくらか疲れた表情で俺に近寄ってくる。 「すまないね、助けに行けなくて。恥ずかしい話だが、座標攪乱スキルを使われてしまって、追跡に手間取っていてね」 「良いんです。彼女のおかげで、なんとかなりましたから」  桜色の少女へ視線を向けると、吉野さんも彼女の方を見る。俺たちの視線を感じたのか、少女はふと目を上げて、小さく会釈をする。 「ああ、彼女か……」 「知っているんですか?」 「あれだけの色変となるとね。異空間管理庁としても注目の人材、というわけだ」 「でも、ダンジョンへの単独潜入は出来ない、とか言ってましたけど」 「彼女は少々訳アリでね。私の立場から、あまりペラペラと喋るわけにはいかない。彼女に訊いてみたらどうかね」  彼女に、直接。  そうだ、パートナーになってくれとか言っていた、あのことについても詳しく訊きたい。  彼女は、俺と吉野さんが大切な話をしていると思っているのか、少し離れた場所で大人しく立っている。破天荒な子かと思いきや、そういう常識は持ち合わせているらしい。 「……そうします。では」 「ああ、弦食くん。君にも色々と訊かなければならないことはあるが……追々で良いだろう。保護者の方には連絡しておいたから、入れ違いにならないよう、しばらくここで待っていてくれ。そろそろ来られると思うが」 「ああ、はい。わかりました」  あわいさんが迎えに来るってことか。少し安心する自分がいる。じゃああわいさんが来るまで、あの子と話していよう。 「あの、」  声を掛けると、ぼんやりと校舎の方を見ていた少女は振り返って、俺の方を見た。桜色の瞳が、ふっと微笑む。
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