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ダンジョン免許取得試験
翌日、体調にも問題はなく、俺は普通に学校へ行った。
国木の机は空席だったし、国木の取り巻き連中は肩身が狭そうにしていたし、担任はかなり疲弊した様子だったけれど、それ以外は何の変わりもない。いつもの、退屈な日常――
――なわけがなかった。
「先輩たすけてー! 机の上のもの、どけてください! 腕が死んじゃうー!」
昼休み、恐らく彼女の筋力で持てるだけの大量の本を抱えて、カレンは俺の前に現れた。
本を抱えたままふらふらしているので、俺は机に広げていた弁当を急いで片付けて、スペースを空ける。カレンは「助かったー」とか何とか言いながら、俺の机の上にどさっと本を置く。
「あー重かった。はい、じゃあこれ、放課後までに読んどいてください」
「いつの放課後?」
「今日に決まってるでしょう!」
何かの冗談……ではないことは、彼女の表情から容易に読み取れる。
本の背表紙にざっと目を通すと、『ダンジョン免許取得試験問題集』とか『スピード合格・ダンジョン免許必出ポイント!』などというタイトルがずらりと並んでおり、まあ、言いたいことはだいたい分かった。
「良いか、よく聞け。そりゃダンジョンに潜るには免許が必要だし、ご明察の通り俺は免許を持っていない。が、」
「が?」
「物事には順序というものがある。いや、この場合順序は適切なんだが、順序のほかに所要時間というものもある。分かるか?」
「はい。ですから今日の放課後までに」
「なるほどそこがバグってんのか」
ざっと見て10冊近くあるテキストを、放課後までに読み、覚えられると、少なくともこいつはそう思っているらしい。じゃあお前がやってみろと言ってやりたいところだが、こいつならやってのける気がする。なんとなく。
なので俺は、余計なことは言わない。
「……分かった、努力はする」
「やった! じゃあ20時から本チャンのテストなんで、そのつもりで!」
「待て待て」
聞いてない。というか、試験って申し込みとか諸々手続きがあるんじゃないのか? 住民票とか顔写真、身体検査の結果表なんかも提出しなきゃいけないはずだし、受験料も必要なはずだ。
「……そうなんですか?」
それを説明すると、彼女はまさに「きょとん」といった顔で、俺を見つめる。
「知りませんでした。私の手続きはママが全部やってくれたし……会場に行けばすぐ受けられると思ってたので……え、じゃあ試験っていつになるんです?」
「今から申し込んで、書類査定があるから最短でも1週間後……で、学科に受かった後で実地試験だから……」
「い、いっしゅうかん……」
まさに「絶望」といった表情で、カレンは青ざめる。
「私、1週間もダンジョンお預けなんですか……? せっかく先輩を見付けたのに……?」
「あー、実地も含めると試験官の日程調整なんかもあるから、多分もっとだな」
「無理! 無理ですダンジョン不足で死んじゃう! 今でさえめちゃくちゃ我慢してるんですよ!? あと1週間も待てません! ぐぬぬ……こうなったら先輩を引きずって不正侵入するしか……」
「吉野さん呼ぶからな?」
不正、よくない。
しかしこの女、放っておけば本当に不正侵入をしかねない。それくらいの迫力と切実さがある。
そうなると、俺もとばっちりを食らいかねない。なんとか彼女を、おとなしくさせておく方法はないか。
……と考えて、目の前のテキストの山を見て、すぐに思いついた。
「なあ、俺の先生をしてくれないか」
「せんせいー?」
説明する。俺はそこそこ勉強は出来る方だが、さすがにこの量の本を短時間に覚えるのは難しい。
そこで、ダンジョン学の先生として、カレンに指導してもらう。経験に基づいた指導を受ければ、学びやすいし覚えやすいだろう。
カレンも、ダンジョンに潜れはせずとも、せめてダンジョンに関係することに触れていれば、少しは気も紛れるかもしれない。
「どうだ。割と良い提案だと思うんだが……」
「……そう、ですね。私が頑張って指導すれば、先輩は一発で試験に受かるし、実地試験も余裕で合格ですもんね」
「ああうん。頑張るけど一発で合格出来るかは、」
「一発合格が出来なかったら、お詫びに焼き肉とかスイーツとか沢山おごってくれるんですもんね」
「うん…………うん?」
「分かりました! 私も頑張ります! 先輩も頑張りましょう!」
一瞬、意に沿わない約束をねじ込まれたような気もするが。
「では先輩!」
一転してきらきらした笑顔で、カレンは俺の手を握る。
「そういうわけなので、今日の放課後までにこのテキスト、全部読んでおいてくださいね!」
あ、そこは妥協なしなのか。
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