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――何が……起こったんだ?
どうやら俺は、気絶していたらしい。気づけばうつ伏せに倒れており、辺りには人の姿はなかった。あんな、うんざりするくらいの人込みだったのに……みんな、避難したのか?
それにしてはおかしい。本当に、人っ子一人いない。それに……薄暗い。もう夜なのか? そんなに長いこと気絶していたのか?
「う、うう……」
頭がぐらぐらする。なんとか立ち上がって、辺りを見回す。見覚えのある東京駅……いや、何か違和感がある。
「ここ、東京駅、か……?」
妙だ。扉と階段が多すぎる。東京駅の写真を撮って、そこに誰かが扉や階段の写真を上から貼り付けたみたいだ。雑なコラージュみたいに、不自然な位置に不自然な設備が増えている。
それに……寒い。クーラーが利きすぎているのか? でも、停電しているようなのに……。
「おーい! 誰かいませんかー!」
大声で呼びかけても、どこからも何の反応も返ってこない。まさか本当に、俺一人なのか。みんなとっくに逃げたのか? 何か大きな災害でもあったのか?
「誰かー! 誰か……穂澄せんぱーい!」
先輩の安否が気になる。叫びながら、辺りをうろうろ歩き回ってみる。先輩は時間にルーズな人ではないから、待ち合わせ場所の近くにいたはずだ。
「せんぱーい! いませんかー! 穂澄せんぱーい! せん……」
先輩を探し求める俺の声は、中途半端なところで途切れてしまった。柱の陰に、何かがいることに気が付いたからだ。何かが蠢いている。
普通なら、怪我をした人がうずくまっているのかなとか、そういうことを考えるべきなんだろう。でも、そうではないことが、直感で分かっていた。あれは、不用意に近付いてはならないものだ。
息を殺して、それを凝視する。薄暗いせいでよく分からないが、犬とか猫とか、そういう俺の知っている生き物ではないようだ。それは、左右にゆらゆらと揺れている。
――と、丸いシルエットが、ぐんと伸びあがった。俺の背よりも高く、ちょうど自販機くらいの高さまで、ぐいんと大きく伸びて、目を開いた。
「ひっ!」
思わず情けない悲鳴が漏れる。その目は大きく、ひとつしかなく、真っ赤な瞳がぎらぎらと光っていた。
一つ目の化け物が――俺を睨んでいる。
化け物の瞳は、比喩として「光っている」のではなく、本当に発光していた。化け物が目を開いたおかげで、あたりがほんのりと赤く照らされる。
そして俺は、その赤い光の中に、更に信じられないものを見る。
人間が、溶けている。
真夏の炎天下に置かれたチョコレートのように、人間が溶けて、死んでいる。
サラリーマンらしき男性、綺麗に着飾っていたのであろう女性、子供も――髪の毛や衣服はそのままに、肉体だけがどろどろに溶けていて、化け物は溶けた人々に覆いかぶさるようにして、その肉をすすっているのだった。
だめだ、だめだ。これは駄目だ。逃げなければ。
俺は化け物と目を合わせたまま、そっと後ずさりをする。もし襲ってきたらどうすればいい? 走って逃げる? それとも隠れる? まさか、戦う? いや、戦えるわけがない。とにかく逃げるんだ。
必死に逃げる算段を立てていたその時、
「た、たすけて……」
か細い声が、耳に届いた。
赤い薄闇に目をこらすと、溶けた人間が山になったその向こうに、震える人影が見えた。
あれは……女の子?
「たす、けて……」
女の子はかすれた声で、視線は真っ直ぐ俺に向けて、助けを求めている。
――あの子を助けなきゃ。でも、どうやって?
――見捨てて逃げた方が良い。いや、そんなこと出来ない。見捨てるなんて駄目だ!
――嫌だ、死にたくない。死にたくない!
頭の中で人格が分裂したみたいに、次から次へと考えが浮かんでは打ち消される。しかしほどなくして、逃げようと囁く声は小さくなり、やがて聞こえなくなった。
あんなに怯えて、それでも必死に、俺に助けを求めている。あの子を助けなければ。
(でも、どうやって助ける? あんな化け物相手に、俺に何が出来るってんだ!)
心の中で毒づいたとき、急に、目の前が明かるくなった。
目の前に何か、文字が浮かんでいる。
『所持スキル:ステータス閲覧
解放可能スキル:炎魔法・地図作成』
(スキル? 魔法? なんだこれ……)
脳が混乱する。まるでゲームみたいだ。サークル友達の家で遊ばせてもらった、なんとかフロンティアってゲーム。でも、これはゲームじゃない、現実だ。現実のはずだ。
「現実……なんだよな」
何度か瞬きをすると、目の前の文字は嘘のように掻き消える。化け物は、まだ俺のことをじっと見ている。じっと、動かないままに。
……いや、化け物がゆっくりと、溶けた人間の上から移動を始めた。女の子の方へ、近づいていく。まさか、次はあの女の子を溶かして食べるつもりなのか?
「くそっ! くそっ、くそっ!」
さっき見た文字の中に、炎魔法という記述があったことを思い出す。確か、「解放可能スキル」という項目の中に。
「魔法でも何でもいい! 解放可能なら、今すぐ発動しろ! あの子を、助けろ!」
叫ぶと同時に、体が熱くなる。
『スキル解放:炎魔法』
一瞬、目の前にまた、文字が浮かんだ。そして――視界を、真っ赤な炎が覆い尽くした。
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