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万年受付係の憂鬱
昔は大変だったと、大人たちは口を揃えて言う。たくさんの人たちが死んだ。今みたいに、子供が遊びで入ることの出来るような場所じゃなかった、と。
若者は、それにうんざりしてこう返すのだ。
「今はもう、時代が違うんだから」
ダンジョンが国家によって管理されるようになってからは、ダンジョン内での死亡事故はめっきり減ったという。
異空間管理庁によって、ダンジョンは攻略難易度別に分類され、人々は各人の実力に応じた免許を発行される。実力に合ったダンジョンに行けば、無理な相手と戦うこともなく、無難な冒険を楽しめるというわけだ。
出現当初こそ、やれ魔境だ地獄だと言われたダンジョンの中には、実のところ、様々な恵みが眠っていた。
最大の恩恵は、何といっても魔石だろう。
魔石は強いエネルギーを秘めた宝石であり、主にモンスターの体内に形成される。魔石によって、人々はダンジョンの外でも魔法の恩恵にあずかることが出来るようになった。
たとえば、転移魔法の物流への応用。広範囲を冷却魔法で覆うことによって実現した都市冷房。封印魔法と感知魔法を組み合わせた、最新防犯システム。
若者たちは、義務教育を修了すると我先にとダンジョン免許を取得し、手ごろなダンジョンへ潜って魔石を採る。
個人での魔石所持は禁止されているが、取得魔石数は免許番号に紐づけられて個人の成績となる。
企業は、ダンジョン成績の良い者たちを積極的に雇い入れる。組織としての取得魔石は、そのいくらかが組織母体へ還元されるためだ。
所持魔石数はそれすなわち組織力そのものと言っていい。世の中はまさに大ダンジョン時代、なのである。
……まあ、そんなもの、俺には何の関係もないんだが。
***
「じゃ、次の人」
気だるい声で促すと、さっきダンジョンから出てきたばかりのパーティが前へ出て、受付で退出手続きを済ませる。
男子生徒3人で構成されたパーティだ。パーティ名と構成員名、ダンジョンへ入った目的と目的達成度の報告。そして、ダンジョンから持ち出すものの提出。
持ち出し物――俗に「ドロップアイテム」とか「戦利品」とか言われるもの――は、専用のトレイに出して全て確認・リストアップされる。ダンジョン由来のものを不正に持ち出すことは、異空間由来物不正持ち出し罪という、立派な犯罪だ。
犯罪なのだ、が。
「あー、まだ提出してない物、ありますよね? 一度全部出していただいて……」
俺がそう言うと、パーティのリーダーである国木は、露骨に嫌な顔をして見せた。
「はあ? ありませんけどー? あるって証拠はー?」
国木は、いつもこんな調子だ。クラスでもやたらと威張っているというか、何でもかんでも自分の思い通りになると思ってる。し、思い通りにしようとする。
同級生の中ではダンジョン成績は飛びぬけて良い方だから、国木には誰も何も言えない。ダンジョンで活躍できるやつは、すごくてえらい。分かりやすいヒエラルキーだ。
国木の横暴に俺が辟易していると、
「いいから。さっさと出しなさい」
俺……ではなく、異空間管理庁から派遣されたいかついおっちゃんが、国木を睨む。
さすがの国木も国家権力には屈するらしい。渋々、爪の先ほどの小さな魔石を提出する。
「こんな魔石、ショボい魔法1回使っただけで消えるじゃねーか。目くじら立てやがって。陰湿なんだよな」
そんなこと、俺に言われても困る。
これも受付業務の一環だし、俺はアルバイトとしてここにいるだけだし。
「つーか、自分がダンジョンに潜れないからって、他人の足引っ張って楽しいんかねー? 性格悪いよなー」
だから、仕事なんだって。
「まあ良いや。俺、今回で雷魔法【B】取得したし、これで実力的には学年トップじゃねえ? そりゃ嫉妬もするよなあ。1回もダンジョンに入ったことない、ダンジョンドーテーくんはな!」
ぎゃははは、と下品な笑い声を、俺はいつもの無表情で受け流す。
隣に座っているいかついおっちゃん、もとい吉野さんが「やれやれ」といった視線を俺に向けてきた。
俺も「やれやれ」という視線を吉野さんに返して、それで納得したふりをした。
俺の名前は、弦食イヅル。これまでの人生で一度も、ダンジョンに潜ったことがない。
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